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2-4 卑怯だと、わかっていても。
やはり、カレンを困らせてしまった。
わかってはいたことだが、ジョンズワートは胸を押し潰されるような気持ちになった。
二度目の求婚に、カレンからの返事はない。
あの一件から、ジョンズワートはカレンに嫌われている。
会うどころか、まともに話してすらもらえないのだ。嫌われている以外になにがあるというのだろう。
そんな男から、またしても結婚を申し込まれたのだ。
それも、公爵家の現当主で、怪我をさせた張本人に。
最初の求婚をしたときは、まだ15歳と12歳だったが、今は23歳と20歳。
結婚が現実的なものとなってくる年齢だ。あのときとは、重みが違う。
断りたくても、そう簡単にはいかないのだろう。すぐには拒絶されなかった。
カレンには悪いけれど、ジョンズワートにとってこの少しの時間は、己の望みを通すチャンスだった。
嫌だ、という言葉が出る前に、ジョンズワートは畳みかける。
「カレン。きみはもう、僕のことなんて嫌いかもしれない。けれど、僕はずっと……。幼い頃から、ずっと。きみが好きなんだ。何年経っても忘れられない。きみが他の男と結婚することにも、耐えられそうにない」
これは、嘘偽りのない、ジョンズワートの本心だ。
好きな子に怪我をさせ、嫌われ、距離を取られた。
幼い頃のように、会って話すこともなくなった。
それでも、ジョンズワートの心はカレンを求め続けていた。
カレンと過ごした時間が、自分に向けられた笑顔が、忘れられない。
寝込みがちだった幼少期、ジョンズワートの姿を見てぱあっと輝いた、あの表情を。
元気になってきた彼女が、「これも見たことがある」「これも知ってる」「ワート様が、教えてくれたから」と微笑んでくれたことを。
あの穏やかで幸福な時を、忘れることができなかったのだ。
8年も経っているのに、ジョンズワートはまだ彼女に執着していた。
それを知る妹や、妹の侍女のサラには、怖い、気持ち悪い、と若干引かれているぐらいだ。
周囲の女性が怖いと言うような具合なのだ。
カレンにとっても、ジョンズワートは何年経っても自分に執着し続ける気持ちの悪い男かもしれない。
「父の件は、きみも知っているよね。色々大変だったけれど、最近、少し落ち着いてきて。ようやく、正式に話をしに来れたんだ」
父を亡くし、若くして公爵となったジョンズワートは多忙で、結婚どころではなかったのも本当だ。
けれどそれは言い訳でもあって。
今はまだ忙しいから考えられないと言えば、結婚を先延ばしにすることができた。女性たちから逃れることができた。
カレンに浮いた話がないことにも、ジョンズワートはほっとしていた。
愛しいあの子は、まだ誰のものにもなっていないのだと。安心していたのである。
自分でも、嫌な男だと思った。
汚い男かもしれない。カレンにとっては、本当に拒絶したい存在かもしれない。
でも、それでも。
「もう一度言うよ。カレン。僕と結婚して欲しい」
カレンを諦めることは、できなかった。
カレンへの恋心を自覚したときのジョンズワートは、まだ10歳にも満たなかった。
こんなにも時が経っても。彼女に避けられ続けても。ジョンズワートの気持ちは変わらなかった。
ここまできたら、認めるしかないだろう。自分は、いつまで経ってもこの人のことが好きなのだと。
本人が自覚しているかどうかは定かではないが――カレンは、男性にとても人気がある。
公爵家の男につけられた、それなりの大きさの傷があったって、多数の縁談が舞い込んでくるのだ。
このまま時が経てば、他の男に持っていかれてしまう。
そんなの、絶対に嫌だった。
カレンが他の男と並ぶ姿など見たら、どうにかなってしまう。
だからジョンズワートは、卑怯だとわかっていながら、あることをした。
手を伸ばし、カレンの前髪に触れる。
カレンがびくっと身体を揺らしたが、ジョンズワートが手を引っ込めることはなかった。
そのまま前髪をかきわけ、彼女の額に――自分がつけた傷に、指を滑らせた。
「……カレン。どうか、僕と結婚して欲しい」
言葉にはしなかったが、カレンにもジョンズワートの言わんとすることは伝わっただろう。
――結婚という形で、傷をつけた責任を取らせて欲しい。
こうしてしまえば、もう、カレンに逃げ道はない。
「……はい」
カレンは、ジョンズワートの求婚を受け入れた。
なんとしてもカレンを妻としたかったジョンズワートは、自分がつけた傷を利用して、彼女を頷かせた。
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