2-5 受け入れては、いけなかったのに。

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2-5 受け入れては、いけなかったのに。

 カレンがジョンズワートの求婚を受け入れたことは、すぐに屋敷中に広まった。  カレンの両親は、それはもう大喜びで。娘をよろしくお願いします、と何度も何度もジョンズワートに頭を下げた。  家族だけではない。メイド。執事。コック。庭師。とにかく、もう全員がカレンとジョンズワートを祝福している。 「おめでとうございます、お嬢様」 「やはりジョンズワート様とご結婚なさるのですね」 「ずっと応援しておりました」  みな、口々にそのようなことを言う。  しまった、とカレンが思った時にはもう遅く。撤回なんてできる状態ではなかった。  デュライト公爵家への報告がまだなら、今からでもなんとかなったかもしれないが……。 「カレンを……お嬢さんを、必ず幸せにしてみせます」  ジョンズワートはぐっとカレンの父の手を握り、男同士でなにか通じ合っている様子だった。  このジョンズワートが公爵様なのである。報告もなにもない。  既に準備がしてあったようで、カレンとジョンズワートはその日のうちに正式に婚約。  よっぽどのことがない限り、二人は結婚する運びとなった。  同日に祝いの食事会も開かれて。  ジョンズワートと別れるころには、外は暗くなっていた。  彼がやってきたときは、柔らかな日差しが届いていたはずなのに。何もかもが、あっという間だった。  一気に話が進んだために、どうにも実感がわかなかった。  ジョンズワートに結婚を申し込まれたことも、それを受け入れてしまったことも。みんなが大喜びしたことも。全部全部、夢だったのではと思えてくるのだ。  そんなカレンに現実であることを理解させたのは、チェストリーだった。  ようやく解放されたカレンが、ふらふらと自室へ向かう。そこでカレンを待ち構えていたのがチェストリーだ。 「お嬢。婚約、おめでとうございます」 「チェストリー……」  彼も確かに祝いの言葉を贈ってくれたが……他の者とは様子が違った。  みな浮き足だっていたのに、チェストリーだけは落ち着いていて。  いつもへらへらと笑って軽口ばかり叩く彼が、神妙な面持ちをしているものだから。  ああ、本当にジョンズワートと結婚することになったのだと、カレンの中で現実感を持った。 「私は……本当に、婚約してしまったのですね。ジョンズワート様と」 「ええ。色々ありましたが……これでようやく」  重荷がとれたかのようにふっと笑うチェストリー。そんな従者に、カレンは。 「どうしましょう!?」 「うおっ!?」  前のめりになって、どうしましょうと繰り返した。 「どうしましょう、どうしましょう。ジョンズワート様と結婚することになってしまいました。ジョンズワート様には、既に大切な方がいらっしゃるのですよ!? なのに、私は……。ジョンズワート様が、自分の気持ちを犠牲にしてまで、責任を取ろうとしたというのに。私は、自分のことしか考えず……。わたし、は……」  カレンの緑の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。  祝いの連続からも解放され。ジョンズワートとも別れて。結婚の約束をした実感も得て。  カレンは、自分がなにをしたのか理解し、ぐすぐすと泣き始めてしまった。  ジョンズワートの幸せを願うなら、あそこで跳ねのける必要があったのに。  彼への恋心を捨てることができなかったカレンは、責任を理由に、彼を縛り付けることを選んでしまった。  サラと懇意にしているのでは、と聞くこともできなかった。  ジョンズワートが額の傷に触れたとき、カレンは、心のどこかで喜んでしまった。  彼がここまでしたのなら、結婚の申し出を断らなくていいのだと。  彼の方から責任を取ると示してきたのだから、受け入れていいのだと。 「ごめんなさい、ワート様。ごめんなさい……」  泣きながら謝るが、謝るべき相手は、もうそこにはいない。  流石のチェストリーも、こんな状態のカレンを茶化すことはできず。 「お嬢、大丈夫ですよ。大丈夫ですから。これでよかったんですよ。ジョンズワート様は、ずっと貴女のことを想っていたのですから。お嬢……」  そう言って、カレンを宥め続けた。  ジョンズワートは、幼い頃からずっときみが好きなのだと、本心をカレンに伝えていた。  けれど、8年という壁は厚く。それだけのあいだ離れていたのに、ずっと好きだったなんて言われても。  あまりにも突飛なことすぎて、カレンには、彼の言葉は届かなかった。
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