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2-6 触れられたのは、ただ一度きり。
約半年の婚約期間を経て、カレンとジョンズワートは結婚。
名前もカレン・アーネスト・デュライトに変わった。
そういう慣習であったため、式を挙げた日に初夜も済ませ。
そのときのジョンズワートは、とても優しくて。愛されていると勘違いしそうになった。
しかし、そういったことをしたのは初夜の一度きりで、結婚から数か月経った今でも、ジョンズワートは全くカレンを求めない。
寝室も別れており、新婚のはずのカレンは一人で夜を過ごしている。
社交の場に出た際、エスコートのために手や腰に触られることがあるぐらいだ。
カレンは女だから、男性の欲のことはいまいちわからない。
けれど、外に出れば色々な話が耳に入ってくる。
いくら忙しいとはいえ、ジョンズワートのような若い男性が、一度きりで満足してそれ以上は求めてこないなんて、なにかがおかしいのだ。
大抵の場合、そういうときは、妻とは別の人を愛していると……そう聞いたこともある。
カレンは、「別の人」に心当たりがあった。
「奥様、お茶をお持ちしました」
「え、ええ。ありがとう、サラ」
その心当たりとは――今はカレンの侍女を務めている彼女、サラ・ラルフラウだ。
長い赤毛を綺麗にまとめ、てきぱきと働く頼もしい人である。
サラはジョンズワートの妹の侍女だったはずだが、どうしてか、結婚後、カレン付きとなった。
ジョンズワートは信頼できる人に妻を任せたいからだと言っていたが、なんだか、あてつけのようにも思えてくる。
カレンとは仕方なく結婚しただけで、本当に愛しているのはサラなのだと。
それをカレンにわからせるために、あえてカレンにサラをつけたのではないか。
そんなひねくれた考えを持ってしまうぐらいには、ジョンズワートが自分に触れてこないことにショックを受けていたのだ。
別に、ジョンズワートとサラが寝室に入っていくところを見たりしたわけではない。
でも、カレンとジョンズワートは別の部屋を使っているから。
もしも「そういうこと」があっても、カレンはなかなか気がつけない。
元々知っていた二人の仲の良さと、初夜以降なにもないことが、カレンをひどく不安にさせていた。
身分のある人が使用人の女性に手を出すというのも、正妻と愛する人が別だというのも、珍しくはない話なのだ。
「奥様? なにか気になることでも?」
カレンがぼーっとしていたせいだろうか。サラが心配げに覗き込んでくる。
「い、いえ! なんでもないのよ。ただ、少し疲れているみたいで」
「……嫁がれたばかりですものね。私にできることがあれば、なんなりとお申しつけください。旦那様からも、奥様の力になるよう強く言われておりますから!」
「強くって、そんな」
あなたと夫の不貞を疑っていました、なんて言えるはずもなく。
カレンは笑ってその場を濁したのだが。
「いえ、本当に……。本当に、強く言われておりますので……」
そう言うサラは、げんなりし、どこか諦めたような目をしていた。
長年この家に勤めるサラは、ジョンズワートがカレンを求め続けていたことを知っている。
8年もろく話してない、会ってすらもらえない人にそこまで執着するってどうなの? と若干の恐怖を感じているぐらいだった。
そのジョンズワートが、「カレンを頼む」と言ってきたのである。
主人の願いも、嫁いできたカレンのことも、蔑ろになんてできない。
「サラ? どうしたの?」
「奥様。デュライト公爵家に嫁いでくださり、本当にありがとうございます」
「へ? ええと……」
混乱するカレンをよそに、サラは深くお辞儀をし、感謝の意を表明する。
ジョンズワートのカレンカレンカレンコールに悩まされた彼女の、心からの言葉だった。
「旦那様は、本当に、ずっとずっと、奥様のことを求めていらっしゃいましたから。奥様が来てくださって、ようやく落ち着いたんですよ、あの方」
これも、本当のこと。
けれど、結婚前のジョンズワートの様子など、カレンが知るはずもなく。
ふふ、といたずらげに、笑顔でそんなことを言われても、カレンには真偽がわからなかった。
結婚してすぐにサラが侍女となったから、二人の付き合いもそれなりとなる。
たまにこういったやりとりをしているのだが、サラの思いはカレンには伝わらず。
そこにカレンを下に見るような気持ちや、嘘はないと思えたが……。
それだけ求めていたはずの自分に触れない旦那様、という状況だから、さらなる戸惑いを生んでいた。
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