2-11 従者は、願う。このきっかけを、掴み取ってくれと。

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2-11 従者は、願う。このきっかけを、掴み取ってくれと。

 いくつかの店をまわったら、喫茶店で一休み。  一言に喫茶店といっても、それなりの身分の者しか入れないような高級店だ。  オープンスペースもあるが、希望すれば個室に通してもらえる。  どうも、ジョンズワートがカレンに贈る菓子はここで購入することが多いようで。  来店するとすぐに店主が出てきて、名乗ってもいないのにカレンたちを公爵夫妻として扱った。  当然のように、カレンとジョンズワートは個室へ通される。  二人に気を遣ったのか、同行していた護衛は部屋に入らず、扉の前に立つだけに留めた。  その護衛というのは……チェストリーだったりする。今回は二人の馬車を操る御者も務めている。  他の店にいたときも、彼はデュライト公爵夫妻に気を遣い、離れた位置で待機していた。  普段はカレン、チェストリー、アーティの三人で外出することが多いから、チェストリーはカレンの話し相手にもなっていた。  けれど、今回は。  二人が距離を縮めるいい機会に、自分が出張って邪魔をするわけにはいかないと思い、なるべく彼らの視界に入らないよう動いていた。  護衛として警戒はしているものの……正直なところを言えば、少し退屈だった。  デュライト公爵夫妻とは最低限の会話しかせず、午後いっぱい連れ回されるのである。  しかし、両想いのはずなのにどうしてか上手くいかない二人が、ようやくきっかけを掴んだのだ。  黙って、離れて、静かについていくぐらい、この「デート」が持つ意味を考えれば、なんてことはなかった。  扉の前で、チェストリーは小さくため息をつく。  10代の頃のカレンとジョンズワートは、誰がどう見たって両想いだった。  それが、どうしてか拗れてしまって、疎遠になって。  チェストリーは、二人が離れてしまったことを残念に思っていた。  カレンが結婚を考える年齢になった頃だって、チェストリーの目には、彼女はジョンズワートのことが忘れられず、数多舞い込む縁談を白紙にしていたように見えた。  離れていた頃のジョンズワートがどう過ごしていたのかは、チェストリーにはわからなかったが。  カレンに結婚を申し込んできたと知ったとき、ああ、あの人もお嬢と同じだったんだ、忘れられないままだったんだ、と感じた。    二人の婚約期間中、カレンにこう言われたことがある。 「8年も経ったのにずっと私を好きだったなんて、無理がありますよね?」  流石のチェストリーも、ずばずばと「いや貴女もそうでしょう」「ずっと心にジョンズワート様がいたじゃないですか」「それと同じでは?」とまでは言えず。 「何年も続く想いというものも、あると思いますよ。……俺も、そういう人を知っていますしね」  と返すに留めた。  結婚後のジョンズワートはカレンを大事にしているが、どこか遠慮気味で。  カレンも自分を大切に扱ってくれるジョンズワートに応え、公爵家の奥様としての役割を果たそうとしているが、嫁入りしてからは表情が曇りがち。  表面上は妻を大事にする夫と、奥様として頑張る妻という微笑ましい二人だが、カレンを曇らせるなにかがあることは、チェストリーも感じ取っていた。  深い事情までは聞けないが……二人の寝室が別なことも知っている。  カレンの外出時、護衛を務めるのは自分だから、もちろん、ジョンズワートが滅多にカレンに同行しないことも知っていた。  今も昔も、二人は両想い。  なのにどうしてか噛み合わない。すれ違う。夫婦として寄り添うことができない。  二人とも、不器用で、臆病で。本当に必要な一歩を踏み出すのが、苦手なのかもしれない。  でも、今回は。カレンから「一緒に」と言い、ジョンズワートがそれに応えてカレンをデートに連れ出したと聞いている。  チェストリーは、期待していた。  これが、二人の関係がよい方向に変わるきっかけになるのではと。 「上手くいってくれよ……」  幼い頃からの二人を知るチェストリーは、二人がいる個室の前に待機しながら、そう願った。
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