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1-1 まだ幼い、大好きの気持ち。
カレン・アーネストは、ホーネージュ王国の伯爵家の娘として誕生した。
腰まで届く亜麻色の髪に、柔らかな緑の瞳。
見た者の心を癒す、とても愛らしい少女だった。
しかし、幼いカレンの姿を知る者は少ない。
身体が弱かったため、あまり外に出ることができなかったのだ。
ホーネージュは海に面した雪国で、冬には強い吹雪に襲われることもある。
カレンにとっては厳しい環境だったが、伯爵家という生まれや周囲の人々に恵まれたことが幸いし、年齢が十を超える頃には、医師にもう心配ないだろうと言われるようになっていた。
逆を言えば、それよりも幼い頃は大丈夫ではなかった、生き抜けるかどうか心配だった、ということで。
幼いカレンは、ベッドで過ごすことも多かった。
体調を崩せば気分も滅入るものだが――そんなときでもカレンを笑顔にしてくれたのが、デュライト公爵家の長男・ジョンズワートだ。
「カレン。この前、砂浜できれいな貝殻を見つけたんだ」
「わあ……!」
まだ6歳ほどだったカレンは、ピカピカの貝殻にも負けないほどに瞳を輝かせた。
今日のカレンはベッドで大人しくしているように言われ、少しばかり気持ちもそちらに引っ張られていたが――ジョンズワートの登場により、そんなものは吹き飛んでしまった。
「あと……。最近、葉が落ち始めたから、場所によっては葉っぱだらけで掃除が大変らしいよ。いくら掃除をしても意味がないと、使用人がため息をつくぐらい」
「まあ」
ジョンズワートが差し出した葉を受け取りながら、カレンはくすくす笑う。
ベッドサイドに座るジョンズワートは、そんなカレンを見て目を細めていた。
クリーミーブロンドの髪に、深い青の瞳。
そんな色を持つからか、ジョンズワートは、落ち着いた、大人っぽい印象を他者に与える。
服装も、公爵家の人間らしく上等かつ上品な、青と白を基調としたものを身につけている。
見た目だけではない。公爵家の長男として教育されてきたことに加えて、本人も優しい性格だからか、言動も大人びている。
だが、年齢はカレンの3つ上。この時点では、彼も10歳に満たない。
……あまり外に出られない子が相手とはいえ、女子への贈り物が貝殻や葉っぱなあたりは、子供らしいが。
「いつもありがとうございます、ワートさま」
親しみや喜びであふれる声色に、ふわっとした笑み。
それを真正面から受け止めることになったジョンズワートは、ぽっと頬を染めて「よかった」「これくらい、別にどうってことは……」「また持ってくるよ」と落ち着かない様子だ。
こうやってカレンがお礼を言うと、ジョンズワートはもごもごそわそわし始める。
なんだかよくわからなかったが、カレンはそんなジョンズワートを好ましく思っていた。
ジョンズワートは、アーネスト家を訪れては色々なものをカレンに見せてくれる。
貝殻。木の実。花。葉っぱ。セミの抜け殻を持って来て、カレンを怯えさせたこともある。
言ってしまえば、どれもそこらで拾える、珍しくもなんともないものなのだが……。
あまり外に出ることができないカレンにとっては、とても嬉しい贈り物だった。
自分の足では見にいけないもの、取りに行けないものを、ジョンズワートがカレンの元まで運んでくれる。
心が曇りそうになったときでも、カレンを笑顔にしてくれる。
カレンは、そんなジョンズワートのことが大好きだった。
まだ恋ではなかったかもしれないけれど、まだ幼い彼女は、確かに、彼のことが大好きだったのだ。
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