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2-13 きみが、酔っていたから。
そのあともデートは続き、お腹の具合を考慮して、少し遅めのディナーへ。
高級ホテルの上階にあるレストランで、こちらもやはり個室である。
ドレスコードを考えると、今の二人の服装はその場にふさわしいとは言えなかったが……。
公爵様とその奥様のお忍びデートかつ個室だったから、苦言を呈する者はいなかった。
チェストリーは相変わらず個室前待機である。
食事も休憩もとらずに護衛を続けていては質も落ちるから、一応、たまにアーティと交代して休んではいる。
ジョンズワートとともに個室に入ったカレンは、窓から見える景色に瞳を輝かせる。
一面の雪景色が月に照らされ、淡く光っているように見える。
雪国特有の屋根がとんがった建物と、その窓から漏れる明かり。
もうすっかり日が沈んでいるはずなのに、なんだか明るくもあって。
幻想的な光景に、この国で生まれ育ったカレンも見入ってしまった。
そんなカレンの隣で、ジョンズワートは、景色ではなく妻を見つめていた。
「ワート様、きれいですね!」
「うん。そうだね」
カレンの「きれい」は景色に対するもので、ジョンズワートが言ったそれは、喜ぶカレンに対するもの。
ジョンズワートはカレンばかり見ているが、景色に夢中の彼女は、夫の視線になんて気が付いていない。
ディナーのコースには、ワインがついていた。
ジョンズワートは酒に強いが、カレンはそうでもない。
カレンの分はノンアルコールに変えてもらうかどうか悩み、本人にも確認し、今回は二人とも同じワインを出してもらうことにした。
彼女はそこまでは言わなかったが……ジョンズワートと同じものを、飲みたかったのである。
美味しい食事とともにワインを飲んだ彼女は、元からふわふわした心地だったのがもっとふわふわしてしまって。
コース料理の後半に差し掛かる頃には、えへへ、ふふふ、とぽやぽや笑っている状態になっていた。
他の男にこんな姿を見られたらたまったものではないが、今は二人きりだし、帰りも馬車だから心配ない。ジョンズワートは酔った妻を温かく見守っていた。
「わーとさま、今日はたのしかったですねえ」
「うん。僕も、すごく楽しかった」
「また、一緒におでかけしましょうねえ……」
「もちろん。すぐにでも次の予定を立てたいぐらいだよ」
「えへへ、嬉しいです、わーとさま」
食事を終え、店を出る頃になってもカレンはまだ足取りがおぼつかない。
個室を出る前に、ふらついて転びそうになったのをジョンズワートが支えた。
腕を掴んで、引き寄せて、抱きとめて。二人の視線が、ばちっと絡んだ。
そのまま、互いに見つめ合う。
このとき二人の頭に浮かんだのは、キス、の二文字。
夜景の見えるレストランで、個室に二人きりで、密着して。
昼食後から始まったデートのしめとして、ここでキスをするのは無理のない流れだろう。
ジョンズワートは、彼女の桃色の唇に口づけるかどうか悩んで――彼女の頭を撫でるにとどめた。
二人がキスをしたのは、慣習に沿って行った初夜のときのみ。
ジョンズワートだって、大好きな人にキスをしたかったが、今の彼女は酔っている。
実質二回目のキスは、彼女の意識がしっかりあるときにしたかったから、ぐっと耐えた。
この一日で彼女との距離が縮まったとは思っていたが、酔っているところにキスは、まだ早いと考えたのだ。
それに、この様子だと、キスをしたところで翌日のカレンが覚えているかどうかわからない。
ここまで彼女との仲を深めることができたのだ。キスをするチャンスは、きっと、これからいくらでもある。
二度目は両者の合意のもと、記憶に残る形で。
そう考えて、ここは引いたジョンズワートであったが――これがのちに、カレンを苦しませる材料となる。
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