2-19 公爵様は、諦めない。

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2-19 公爵様は、諦めない。

 ジョンズワートはカレンを愛していた。  彼女に嫌われているとわかっていても、自分がつけた傷を利用して結婚してしまうぐらいには。  彼女が欲しくてたまらなくて。心はあとでもいいからと、無理にカレンを妻としたのだ。  カレンには本当に申し訳ないことをしたし、嫌な男だと思う。  それでも、結婚さえしてしまえば、これから彼女との仲を改善し、夫婦としてゆっくり進んでいけると思っていたのだ。  ジョンズワートがカレンを抱いたのは、初夜の一度きり。  できることなら彼女と心が繋がるまで待ちたかったが――この国の貴族のあいだには、式を挙げた日に初夜を済ませる慣習がある。  絶対のルールではなかったが、ジョンズワートはカレンに触れた。  この機会を逃したら、次はいつになるかわからない。  ジョンズワートだって男だ。ずっと前から大好きだった人を、その腕に抱きたかった。  慣習を理由にすれば、一度きりであっても、カレンを抱くことができる。  我慢することができず、彼はカレンに手を出した。  ジョンズワートに身を任せ、愛らしい声を漏らすカレンはとても可愛くて。初めて彼女と繋がったときは、心からの幸せを感じた。  だが、それ以降は耐えた。  カレンが大事だったから、嫌いな男に抱かれるなんて可哀相だと思い、手を出さずに過ごしたのだ。  耐える自信がなかったから、寝室も分けて。夜にはなるべくカレンに会わないようにもした。  ジョンズワートは、待つつもりだったのだ。  彼女と仲のいい夫婦になれるまで。彼女が嫌々抱かれなくても済むようになるまで。何年でも。  ある晩、カレンがジョンズワートの寝室にやってきた日は、相当ぐらついた。  愛する人が、自分の前で下着姿になり、豊かな胸を近づけてきたのだ。  魅惑的な香りもして、頭がくらくらした。  ジョンズワートだって、ずっとカレンに触れたいと思っていた。  だから、彼女もそれを望んでくれるなら、いくらでも愛したかった。  数日前のデートで距離も縮まっていたものだから、触れてもいいのだろうか、嫌ではないのだろうか、と彼女に手を伸ばしかけた。  しかし、そのとき彼女が口にした言葉は―― 「私に、妻としての役目を果たさせてください」  だった。  彼女は、ジョンズワートのことを求めているわけではない。  公爵家に嫁いだ女として夜の相手を務め、子を授かる。その役目を果たしたいと言っているのだ。  ジョンズワートは、カレンを拒んでしまった。  愛する人の心と体を、「役目を果たす」なんて理由のために、蹂躙したくなかったのだ。  一度は彼女と身体を繋げているから、あの幸福感も、頭がくらくらするような快楽も、ジョンズワートは既に知っている。  二度目に踏み切ってしまったら、そのまま歯止めがきかなくなることはわかっていた。  ジョンズワートはきっと、頻繁に彼女を求めるようになるだろう。たとえ、心が繋がっていなかったとしても。    公爵家の当主とその妻として、子を作る必要があることはわかっている。  彼女がその役目を果たそうとするのも当然だ。  ジョンズワートがなにもしないせいで、カレンの方から夜の営みに誘うなんていう、無理をさせてしまった。  けれどジョンズワートは、その「お役目」よりも、彼女の心と身体を優先したくて。  可愛いカレンに、そんな無理をさせたくなくて。これをきっかけに、自分が暴走してしまうのが怖くて。  なにもせず、部屋に帰してしまった。  それ以上彼女のそばにいたら、言葉を交わしたら、理性を飛ばしてしまいそうだったから、背を向けて、言葉も少なく。彼女を拒絶した。  そのときは、それが正解だと思っていた。  だって、自分たちにはこれから先があると思っていたのだ。  タイミングを見て、拒んだ理由を後で話せばいいと、そう思ってしまった。  だが、カレンの死亡説まで流れる今となっては。 「あのとき、拒んでいなければ。もっと、言葉を交わしていれば。あれが、最後だったのかもしれないのに」  自分の部屋で。一度はカレンと時間を共にしたベッドで。ジョンズワートは、力なく呟いた。  ジョンズワートは、あの日のことをひどく後悔していた。  心は伴っていなくとも、あの時カレンに触れていれば、ここまで絶望しなくて済んだのだろうか。  今になってそんなことを思ったって、もう遅い。ジョンズワートが彼女に触れることは……もう、できないのだ。  カレンが失踪してから数か月が経った頃。  ジョンズワートは、ようやく仕事に復帰した。  カレンのことは本当につらいが、ジョンズワートだって、亡き父の跡を継ぐ公爵なのだ。  これ以上、ただ泣いているわけにはいかなかった。  アーティやサラに支えられながら仕事をするうちに、少しずつ気持ちも上向いてきた。  カレンとチェストリーは、死亡した。既にそう扱われているが――ジョンズワートは、これからもカレンを……二人を探し続けることを決めた。  ジョンズワートのことを性的に慰めようとする者もいたが、拒んだ。 「妻がいる身だ」  そう言えば、相手は驚いたような顔をした。その妻は、既に亡くなっているじゃないか、と言いたげに。  だが、ジョンズワートはカレンを諦めていなかった。  この男は……ジョンズワートは、8年もまともに話していなかった、会っていなかった女性に執着し続けた人間だ。そう簡単に、諦めたりしない。  それに、ジョンズワートはまだ、カレンの亡骸を見ていない。  カレンが生きている可能性は、ゼロになどなっていないのだ。  
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