693人が本棚に入れています
本棚に追加
3-2 その名が、他国に届くほど。
カレンとチェストリーの失踪から約4年。
27歳も近いジョンズワートは、今も愛する人を探し続けていた。
とはいえ、彼も公爵様。それだけに専念することはできず。
通常の仕事と並行し、人を使いながら、カレンを捜索していた。
ジョンズワートは、仕事の合間に、窓から広がる一面の銀世界を見つめる。
しんしんと降り続ける雪は、この国で生まれ育ったジョンズワートには見慣れたもので。
雪の厄介さもよく知っているが、この光景を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになるのだ。
身体の弱かったカレンは、冬は特に、ベッドにいることが多かった。
可愛いカレンに、少しでも笑って欲しかったから、冬季には、彼女に会いに行く頻度が上がった。整備されているとはいえ、雪道を進むのは大変であるにも関わらずだ。
だからジョンズワートは、雪を見るとカレンのことを思い出す。
ホーネージュは冬の長い国であるから、1年の半分近くは幼き頃の記憶に想いを馳せている状態である。
「カレン……」
彼女は、きっと今もどこかで生きている。
死亡説も流れたが、雪がとけてもカレンとチェストリーを発見することはできなかった。
それどころか、カレンをさらったとされる賊も、馬車を動かしていたはずの馬も、雪の下から出てこないのだ。
発見されたのは、ジョンズワートが彼女に贈ったアクセサリーのみ。
あれは、カレンが死亡したと見せかけるための工作なのではないかと、ジョンズワートは考え始めていた。
そして、その考えが正しければ――カレンは亡くなってはいないのだ。
たが、その先でどんな目に遭っているのかまでは、わからない。
カレンもチェストリーもとても見目がいいから、色々な可能性が考えられる。
命はあったとしても、早く見つけ出す必要があるのは、確かだった。
「カレン。絶対に、きみを見つけてみせる」
つう、と窓に手を滑らせ、ジョンズワートがもう何度目かもわからない決意をしたときだった。
「ワート。また再婚の話が来てるぜ」
どこか疲れた風にジョンズワートに声をかけたのは、部下で親友のアーティだ。
彼は数枚の封筒を持っていた。
それを横目に見て、ジョンズワートは即答。
「断ってくれ」
「誰が相手か、見も聞きもしないのな」
「当たり前だ。カレンという人がいるのに、再婚なんて」
「……そうだな」
こうなるとわかっていたのだろう。アーティも食い下がることなどせず、小さくため息をついてこの話を終わりにした。
「カレンは、生きている」
デュライト公爵が、誘拐されて死亡説まで流れる妻を探し続けているというのは、ホーネージュでは有名な話だ。
けれど4年経っても見つからないし、ジョンズワートももうそれなりの年だ。
公爵という立場。見目のよさ。妻を探し続ける愛情深さ。
彼に惹かれて、再婚相手になることを望む者は少なくない。
カレンの生存を信じる彼はそれらを全て断っているのだが、その想いの強さが更に女性を惹きつけ、話が広まってしまうのだ。
愛する妻を探し続け、再婚もしない。
どんなに想いを綴っても、顔を合わせたときにアピールしても、検討すらしてもらえないのだ。
他者が苦しくなってしまうほどに一途で、愛妻家の公爵。
ジョンズワート・デュライトの話は、他国にまで届くほどになっていた。
しかしこれは、カレンにとっては誤算であった。
冬季に誘拐と死亡の偽装まで行えば、早期に捜索が打ち切られ、みな諦める。
その「みな」にはジョンズワートも含まれている。
他国で暮らすカレンは、もうとっくに自分は死亡扱いだと思っていたのである。
けれどジョンズワートは、4年経っても諦めていなかった。
ジョンズワートが今も自分を探しているだなんて、考えてもいなかった。
有名になってしまったものだから、その気になれば、彼が妻を探し続けていることは、ラントシャフトの人間でも知ることができる。
しかし、彼に関する情報を遮断するカレンは、その事実を知らないままだった。
最初のコメントを投稿しよう!