3-2 その名が、他国に届くほど。

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3-2 その名が、他国に届くほど。

 カレンとチェストリーの失踪から約4年。  27歳も近いジョンズワートは、今も愛する人を探し続けていた。  とはいえ、彼も公爵様。それだけに専念することはできず。  通常の仕事と並行し、人を使いながら、カレンを捜索していた。  ジョンズワートは、仕事の合間に、窓から広がる一面の銀世界を見つめる。  しんしんと降り続ける雪は、この国で生まれ育ったジョンズワートには見慣れたもので。  雪の厄介さもよく知っているが、この光景を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになるのだ。  身体の弱かったカレンは、冬は特に、ベッドにいることが多かった。  可愛いカレンに、少しでも笑って欲しかったから、冬季には、彼女に会いに行く頻度が上がった。整備されているとはいえ、雪道を進むのは大変であるにも関わらずだ。  だからジョンズワートは、雪を見るとカレンのことを思い出す。  ホーネージュは冬の長い国であるから、1年の半分近くは幼き頃の記憶に想いを馳せている状態である。 「カレン……」  彼女は、きっと今もどこかで生きている。  死亡説も流れたが、雪がとけてもカレンとチェストリーを発見することはできなかった。  それどころか、カレンをさらったとされる賊も、馬車を動かしていたはずの馬も、雪の下から出てこないのだ。  発見されたのは、ジョンズワートが彼女に贈ったアクセサリーのみ。  あれは、カレンが死亡したと見せかけるための工作なのではないかと、ジョンズワートは考え始めていた。  そして、その考えが正しければ――カレンは亡くなってはいないのだ。  たが、その先でどんな目に遭っているのかまでは、わからない。  カレンもチェストリーもとても見目がいいから、色々な可能性が考えられる。  命はあったとしても、早く見つけ出す必要があるのは、確かだった。 「カレン。絶対に、きみを見つけてみせる」  つう、と窓に手を滑らせ、ジョンズワートがもう何度目かもわからない決意をしたときだった。   「ワート。また再婚の話が来てるぜ」  どこか疲れた風にジョンズワートに声をかけたのは、部下で親友のアーティだ。  彼は数枚の封筒を持っていた。  それを横目に見て、ジョンズワートは即答。 「断ってくれ」 「誰が相手か、見も聞きもしないのな」 「当たり前だ。カレンという人がいるのに、再婚なんて」 「……そうだな」  こうなるとわかっていたのだろう。アーティも食い下がることなどせず、小さくため息をついてこの話を終わりにした。 「カレンは、生きている」  デュライト公爵が、誘拐されて死亡説まで流れる妻を探し続けているというのは、ホーネージュでは有名な話だ。  けれど4年経っても見つからないし、ジョンズワートももうそれなりの年だ。  公爵という立場。見目のよさ。妻を探し続ける愛情深さ。  彼に惹かれて、再婚相手になることを望む者は少なくない。  カレンの生存を信じる彼はそれらを全て断っているのだが、その想いの強さが更に女性を惹きつけ、話が広まってしまうのだ。  愛する妻を探し続け、再婚もしない。  どんなに想いを綴っても、顔を合わせたときにアピールしても、検討すらしてもらえないのだ。  他者が苦しくなってしまうほどに一途で、愛妻家の公爵。  ジョンズワート・デュライトの話は、他国にまで届くほどになっていた。  しかしこれは、カレンにとっては誤算であった。  冬季に誘拐と死亡の偽装まで行えば、早期に捜索が打ち切られ、みな諦める。  その「みな」にはジョンズワートも含まれている。  他国で暮らすカレンは、もうとっくに自分は死亡扱いだと思っていたのである。  けれどジョンズワートは、4年経っても諦めていなかった。  ジョンズワートが今も自分を探しているだなんて、考えてもいなかった。  有名になってしまったものだから、その気になれば、彼が妻を探し続けていることは、ラントシャフトの人間でも知ることができる。  しかし、彼に関する情報を遮断するカレンは、その事実を知らないままだった。
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