3-5 ようやく見つけた、きみは。

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3-5 ようやく見つけた、きみは。

 いくつかの国境を越え、ジョンズワートとアーティはラントシャフト共和国に辿り着いた。  馬車を使ってもよかったが、もっと速度が欲しかったため、それぞれ馬に乗って移動した。  そのため荷物は最小限で、衣服も旅に適したものとなっている。  ぱっと見で、彼が公爵だと気が付く者はいないだろう。  出発までの準備も、家を出てからも、できる限り急いだつもりだったが、手紙が届いてから1月ほどの時が経過している。  ジョンズワートは、公爵としての仕事でラントシャフトを訪れたことがあったが、カレンがいるという農村のことは知らなかった。  ジョンズワートが知っているのは、この国のもっと中心の部分である。  手紙に書かれていた場所は、農業を主産業とするラントシャフトではそう珍しくもない農村だった。  都会とは呼べないが、飲食店や宿はいくつかあるようだったから、田舎というほど田舎でもない。そんな場所だ。  人に道を尋ね、地図とのにらめっこも繰り返し。  ジョンズワートとアーティは、ようやく目的の農村に辿り着いた。  到着してすぐに、ジョンズワートは聞き込みを開始。 「この女性を探しているのですが」  ハガキほどの大きさをしたカレンの似顔絵を、最初に見つけた女性に見せる。  この規模の村なら、すぐにでも情報が得られると思ったのだが―― 「あんた、その子になんの用なの?」  と、睨みつけられてしまった。  その子、というからには、カレンのことを知ってはいるのだろうが……。  怪しむように睨みつけられてしまい、それ以上の情報が得られない。  ここにいるであろうことがわかっただけで、大きな収穫ではあるのだが。  他の村人も近づいてきたものの、完全に不審者を見る目をされてしまっている。  村人たちは、わかっているのだ。なにか訳があって、カレンたちがここに流れ着いたことを。  その上で、彼らはカレンたちを可愛がっている。  見知らぬ男がカレンについて尋ねてきたら、警戒するのも当然のことだろう。  この男は、彼女に害をなす者なのではないだろうか、と。  この村の家を一軒一軒あたれば、カレンに辿り着くことはできるだろう。  しかし、この状況では動きづらい。  どうしたものかと思っていると、アーティが前に出た。  ジョンズワートのことを肘でつつき、おどけながらこんなことを言い出す。 「彼女、こいつがずっと片思いをしてる相手なんですよ。なんと、片思い歴20年以上! どうしてももう一度会いたいそうで、ここまで探しに来たんです」 「まあ、そうなの? カレリアちゃんも罪な女ねえ」  アーティは、嘘は言っていない。  確かに、ジョンズワートはもう20年ほどカレンを想い続けているし、彼女とは気持ちが通じ合わないままだったから、片思いである。  嘘は言っていないし、警戒を解いて情報を引き出すためにあえて茶化しているのだと、わかってはいるのだが。  事実を突きつけられ、ジョンズワートはなんともいえない気持ちになった。  見目のいい男が、しょんぼりとしているからだろうか。  ジョンズワートを敵視するような視線を向けていた村人たちも、「あらまあ」「元気出せよ兄ちゃん」と彼を哀れむ姿勢に。 「だが、まあ……。カレリアのことは、諦めたほうがいいぜ」 「そうよねえ。あんな旦那と息子がいるんじゃあねえ」 「仲もいいし、今更入り込むのは無理ってもんだよ」  カレリアという名が、カレンの偽名であることはすぐにわかった。  だが、しかし。 「……旦那? 息子?」  想定外の情報に、ジョンズワートの喉がひゅっと鳴った。 「その様子じゃあ、知らなかったみたいだな。カレリアちゃんには、もう旦那も子供もいるんだよ。その旦那も、とびきりの美形でなあ。20年以上片思いしてたっつーあんたには可哀相だが、もう諦めて切り替えな」  カレンに、夫と子供がいる。  あまりのことに、ジョンズワートからは言葉が出ない。  そんな彼に代わって更なる情報を引き出してくれたのは、アーティだ。 「そうか……。カレリア、結婚してたんだな。邪魔はしないようにするから、カレリアがどこにいるのか教えてくれないか? 一目も見ることができずに帰るなんて、流石にこいつが可哀相でさ。こいつは本当にカレリアのことが好きだから、彼女の幸せを壊したりはしない。ただ、少しだけ、見せてやりたい」  アーティの言葉に、村の者も共感してくれたようで。  彼女たちの邪魔をしないこと、生活を壊さないことを条件に、カレンたちが住む家を教えてくれた。
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