3-7 立ち去ることなど、できなくて。

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3-7 立ち去ることなど、できなくて。

 ジョンズワートは、愛する人の幸せを願って潔く立ち去った。  立ち去った、のだが……。 「カレン、カレン……。カ~レ~ン~!」  彼女の家の前から去っただけで、この村から出ることはできずにいた。  ジョンズワートは、カレンにとって邪魔な存在でしかない。それはわかっている。わかっているのだが。  年齢が10に届く前から彼女のことが好きで。  カレンに怪我をさせて嫌われてしまってから、結婚に持ち込むまでの8年間もずっと彼女を想っていて。  カレンが失踪してからの4年も、ずっとずっと、彼女を探し続けていた。  邪魔をしてはいけない。彼女のためにも、自分は引かなければいけない。  わかっていても、そう簡単に、こんなすぐに、気持ちの整理ができるわけもなく。  ジョンズワートは、カレンが住む村の食堂で酒をあおっていた。  居酒屋も兼ねているのだろう。こんな時間から飲んでいる者は少ないが、酒の種類はそれなりにあった。  今年で27歳のジョンズワート。約20年に及ぶ恋の終わりをつきつけられ、ぐすぐすと情けなく泣きながら、ヤケ酒の真っ最中。  ジョンズワートは、アルコールに強いアーティでも引くほどのザル。普段であれば、同じ量を飲んでもけろっとしている。  しかし、精神状態に引っ張られた今日は、すっかり酔っていた。  彼がどれだけカレンを想っていたか知っているから、アーティもジョンズワートの好きにさせた。  酒ぐらい、いくらでも飲んだらいい。気が済むまで飲んで、たくさん泣けばいい。そう思っていた。  今すぐこの村から立ち去れない気持ちだって、理解できる。  アーティも酒を飲み、ジョンズワートに付き合った。  そんなこんなで、小さな村の食堂で、昼間っから酒を飲み倒す男の二人組が誕生した。  少々飲みすぎではあるが、今はお昼時もはずれていて、客の少ない時間帯だ。  だからか、ジョンズワートがべそべそ泣きながら酒をあおりまくっていても、注意などはされなかった。 「うう……カレン……」  もう何杯飲んだのかもわからなくなった頃。ジョンズワートは猫背になって両手でグラスを持ち、呻きにも近い声をあげていた。  いくらなんでも、そろそろとめた方がいいのではないか。アーティがそう思い始めたときだった。 「こんにちは!」  アーティの耳に届いたのは、懐かしい声。これは……カレンのものだ。  続いて、幼い子供の元気な挨拶と、それよりはだいぶ低い男の声も。  カレン、チェストリーと、その息子の登場である。  店員との会話の内容からして、食材を卸しに来たようだ。  まずい。これは非常にまずい。  このままでは、カレンとジョンズワートが出会ってしまう。  とにかく、自分たちの顔を隠さなければ。  ジョンズワートの頭を抑えつけてしまおう。そう思い手を伸ばそうとしたときには、彼は既にテーブルに突っ伏していた。  べろべろに酔っていたとはいえ、カレン大好き歴20年の男。  カレンが来たことに気が付き、自ら顔を隠したのだ。声だってもう出していない。  それを確認すると、アーティも深くフードをかぶり、顔が見えないようにした。  幸い、カレンたちはちらりとこちらを見ただけで、接触してくる様子はない。  ただの酔っ払いだと思っているのだろう。  このまま静かにやり過ごそう。  そう、思っていたのだが。 「おじたん、だいじょーぶ?」  カレンの息子がジョンズワートに近づき、話しかけてしまった。
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