3-11 誰も、彼女のそばにいなかった。

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3-11 誰も、彼女のそばにいなかった。

 カレンたちから離れたジョンズワートは、あてもなく村を歩いていた。 「カレンは、ここで暮らしていたのか……」  ホーネージュとは違う、穏やかな気候。  緑豊かで、空気も綺麗だ。もっと気分が晴れやかだったら、思わず深呼吸をしてしまうところだろう。  成長したカレンはずいぶん元気になったが、それでも、普通の人と比べれば体の弱いほうだった。  ホーネージュの厳しい冬は、こたえただろう。  気候だけでいっても、カレンにとってはラントシャフトの方がよい場所であると思える。    気がつけば、ジョンズワートはカレンたちが住む家の近くまで来ていた。  丘の上に建つ、可愛らしい、小さな家。  あそこから出てきたときのカレンは、確かに幸福だったのだ。  少し見ただけのジョンズワートにだって……いや、ずっと彼女のことが好きだったジョンズワートだからこそ、それがよくわかる。  デュライト公爵家にいたときの彼女は、いつもどこか曇っているように見えた。  少しでも元気になって欲しくて、できる限り外出も許可したし、彼女が好みそうなものもたくさん贈った。  一度きりだったが、デートもした。  それでもカレンの心は晴れなかったのだろう。自分から逃げ出したことが、それを証明している。  でも、ここで最初に見た彼女は―― 「……きみは、ここにいた方が幸せなのかな」  そんなことを考えて、ジョンズワートは小さく息を吐いた。 「でも、チェストリーは……」  あの様子だと、自分に手紙を送ってきたのはチェストリーだろう。  主人想いの彼のことだ。  カレンとジョンズワートが再会すること、実父である自分とショーンが出会うことが二人のためになると思って、手紙をよこしたはずだ。  この村についてからジョンズワートが考えた筋書きには、正解と間違いが混在していた。  おそらくだが……。カレンが自分から逃げた、という部分はあっていた。  けれど、カレンとチェストリーは恋仲ではなく、主人と従者という関係だった。  仮に恋仲の二人が逃避行をしたのであれば、ジョンズワートに手紙が来るはずがない。  ……チェストリーは、カレンとジョンズワートは再会すべきだと考えて動いたのだろう。  けれど、本当にそうなのだろうか。  カレンは、この地で、チェストリーと共に子を育てていた方が、幸せなのではないだろうか。  そんなことを考えて俯くと、彼の柔らかな金の髪が、さらりと揺れた。  しばらくそうしていたジョンズワートであったが、いつまでもここにいたら、カレンが家に帰れないことに気が付く。  行く当てもないから、とりあえずはアーティと酒を飲んでいた店に向かった。  それなりの時間が経っていたが、アーティはまだそこにいた。  カレンと一緒にいたはずのチェストリーも、アーティと同じテーブルについている。 「どうしてきみが、ここに? カレンと一緒にいたんじゃ……」 「……お嬢に拒絶されて、仕方なくここであなたを待っていました」 「きみも、ダメだったのか……」 「もうお気づきかと思いますが、あなたに手紙を出したのは俺です。……ただ、お嬢の許可はとっていませんでした。それがお嬢を傷つけて、拒絶されました。一緒に逃げてくれた従者が勝手に手紙を送っていたなんて、お嬢からしてみれば、裏切りみたいなものですよね」 「……でもそれは、カレンのことを想ってのことだったんだろう?」 「そのつもりでしたが……。お嬢を傷つけたことは、確かです」 「……」    男二人。揃って黙りこくって、暗いオーラを纏っている。  両者、カレンに拒絶されたショックで力をなくしているのだ。  そんな中、アーティがおずおずと手を挙げる。 「あー、あのさ。落ち込んでるところ悪いんだけど。じゃあ今、奥様の近くには誰もいないんだよな?」  少しの沈黙ののち、俯いていた男二人がばっと顔を上げる。  そう。本人に拒絶されてしまったとはいえ、今、カレンのそばにはまだ幼いショーンしかいないのである。  あの状態のカレンを幼子と二人にしておくのは、いかがなものだろう。  しかし、ジョンズワートとチェストリーが行っても、また同じことになるだけだ。  でもやっぱり、放ってはおけない。  カレンに近付けない男二人が出した答えは―― 「アーティ。お前が行け」 「お嬢を頼む」  だった。  なんでだよ、と言ってやりたいところだったが、確かに、この状況だと自分が一番適任だろう。  そう考えたアーティは、ため息をつきながらも、カレンの元へ行くことを決めた。 「俺だって、大丈夫かどうかわからないぜ? でも、まあ、行ってくるよ。チェストリー、奥様がいそうな場所に心当たりは?」  カレンを探すため、アーティが立ち上がるのとほぼ同時に、店のドアが勢いよく開く。  普通の客が、こんな開け方をしないだろう。ただ事ではない雰囲気に、揃ってドアのほうを見やる。 「チェスター! ここにたのか! 大変だ、カレリアが……」 「は? カレリアがなんだって?」  開いたドアの向こうにいたのは、ぜえぜえと息を切らす男。どうも、チェストリーを探して駆け回っていたようだ。  チェストリーの姿を確認した彼は、呼吸も荒いまま、なんとか声を絞り出した。 「カレリアが、さらわれた」  
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