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1-4 おかしいと、思ったから。
カレンが落馬した翌日。
ジョンズワートとその両親……デュライト公爵と夫人の三人が、アーネスト伯爵家にやってきた。
カレンは詳細を聞かされていなかったが、ジョンズワートがカレンに怪我をさせた件で話をしにきたことぐらいはわかった。
当然、自分も同席するものだと思っていたカレンだが。
大事な話をするから待っていなさい、と別室に残されてしまった。
ジョンズワートに会えると思って、お気に入りのドレスまで着たのに、あんまりだ。
デュライト公爵が「カレン嬢に」と持ってきた菓子をつまみながら、カレンは頬を膨らませる。
「ねえ、チェストリー。おかしいと思いません?」
「はあ……。公爵様が、お嬢の好みドンピシャのお菓子を持ってきたことについてですか」
「ち・が・い・ま・す! どうして貴方はいちいち話を脱線させるのです! それに、ジョンズワート様がご子息なのですから、私好みのものが出てきても何もおかしくないのですよ?」
「ああ、はい、そうですねー」
「まったくもう……!」
チェストリーの投げやりな返事に怒りながら、カレンはティーカップに口をつけた。
ジョンズワートなら自分の好みを知っていて当たり前。そう取れる発言をした彼女だが、照れる様子はなく。
むしろ、これくらい当たり前じゃありませんか! と言いたげにぷんぷん怒っている。
主人の無自覚の惚気に、チェストリーも、はは、と乾いた笑いを漏らすしかない。
従者であるチェストリーは、カレンの5つ上の17歳。
ジョンズワートより暗い金髪に、切れ長の黒い瞳。
髪は長く、高い位置で1つに括っている。
細くさらさらで、指通りのよさそうな髪は女性が羨むほどに美しい。
各パーツの配置、輪郭や鼻筋。どれをとっても完璧と呼べるほどに整っており、大変見目麗しい青年だ。
黒い燕尾服がよく似合う。……というより、彼が着ればどんなものでも「そういうファッション」になってしまうだろう。
黙っていれば、精巧に作られた人形のような美形なのだが……本人は、主人であるカレンに対してよく軽口を叩いている。
彼は子爵家の生まれで、アーネスト家とは別の伯爵家を補佐する立場にあった。
しかし、数年前。
その伯爵家と子爵家が人身売買や違法薬物の取引、脱税など、多数の悪事を働いていたことが発覚。
爵位をはく奪され、家の人間たちはそれぞれ牢や修道院に送られた。
裁かれた伯爵家の娘は、カレンの友人だった。
寝込みがちだったカレンの、数少ない友だったのだ。
できることなら、友人を助けたかった。
しかし、本人にも罪があったため、カレンの力ではどうすることもできなかった。
そんな中、なんとか拾い上げることができたのが、この男・チェストリーだった。
真相は定かではないが、告発者がチェストリーだった、という噂もある。
だからか、彼だけはカレンのわがままでアーネスト家に連れてくることができたのだ。
カレンとチェストリーは特別親しいわけではなかったが、友人を挟んで面識ぐらいはあった。
その頃の印象は、寡黙で真面目で綺麗な人、だったのだが……。
「で、お嬢は何がおかしいと思ったんです?」
「わかってて聞いてますよね?」
「当事者であるお嬢が、話し合いの場から遠ざけられたこと」
「そう、それです!」
びしっとチェストリーを指さすカレンの横で、見た目だけは人形のような男は「ははは」と笑っている。
今のチェストリーは、こんな具合である。こちらが本来の姿なのかもしれない。
「やっぱりおかしいですよね? 怪我をしたのは私なのに、私の意見や気持ちを聞かずに話し合いなんて」
「……まあ、色々あるんでしょう」
先程までへらへらと笑っていたチェストリーの声が、やや真面目なものとなる。
色々ある、と彼は言った。
カレンだって、今回の件が自分の「気にしないでください」の一言で済むとは思っていなかった。
カレンは、アーネスト伯爵家の長女だ。カレンの身には、様々な価値がある。
そのカレンの顔に、傷をつけたとなれば。
どんな話がされるのかは、おおよそ見当がついた。
このまま放置していれば、きっと、カレンが考えている通りの展開となる。
カレンはジョンズワートのことが好きだ。
けれど、こんな形で、こんな理由で。
自分を抜きにして話を進められるのは、嫌だった。
「……行きますよ、チェストリー」
「どこへ?」
「もちろん、お父様たちのところへ、です」
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