春ー2 これぐらいでは、足りないけれど。

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春ー2 これぐらいでは、足りないけれど。

「ワート! 俺にはチェストリーほどの忠誠心はないからな! 不在にしてた分の仕事が片付き次第、休暇をもらう。あの話、忘れてないからな!」 「わかってるよ……」  ジョンズワートの執務室にて。  主人の机に書類をどかっと置きながら、アーティが吠える。  カレンに仕えるチェストリーは、ショーンのことを考え、まだ休暇をもらっていない。  今になって思えば、休暇をくれと言い出したのも、父親役を自分からジョンズワートに移すための時間を求めていたのでは、と思えるぐらいだ。  しかし、アーティは違う。チェストリーのように幼子に配慮する必要はないし、ジョンズワートに対してそこまでの忠誠心があるわけでもない。  アーティは、ジョンズワートの部下で、右腕で、親友、なのである。  そのため、こういうときは遠慮がない。 「休みをもらったら、ティアと旅行に行くんだ。お前に付き合って何か月も恋人に会えなかった分、きっちり時間をもらうからな」 「わかったって……」  アーティには結婚を考えている恋人がいる。  ジョンズワートはそんな男を自分に付き合わせ、恋人に会えない数か月を作ってしまった。  ため息をつくジョンズワートとは対照的に、アーティは「公爵様の金で旅行するの楽しみだなー」と上機嫌だ。  カレンとのすれ違い解消後、ジョンズワートはチェストリーとアーティに、休暇と報酬を与え、宿も見繕うと言ってしまった。  個人的な礼と謝罪の意味が強いため、公爵家の予算を使うわけにもいかず。  アーティの旅費は、ジョンズワート個人の財布から出すことになっていた。  全額ではないが、アーティとその恋人の二人分である。 「そのくらいは当たり前だよな、公爵様! なんたって奥様を取り戻せたんだから! 俺にも恋人との時間はあっていいはずだよな!」 「わかった、本当にわかったって……。忘れてないし、その約束は破らないから」  ジョンズワートからこの言葉を引き出すと、アーティは旅行先候補をあげはじめる。 「ラントシャフトもありかもしれないなあ。いいところだった」 「何か月不在にするつもりなんだ……」 「何か月も不在だった公爵様には言われたくないなあ!?」  それを言われてしまうと、ジョンズワートもなにも言い返せない。  ホーネージュの短い春が終わる頃、アーティはまとまった休暇をもらい、恋人との旅行へ。  行先は、国内だった。  ラントシャフトなんて言葉も飛び出したが、恋人とともに行くとなれば、戻るまでに何か月もかかってしまう。  なんだかんだいって、そんな期間にわたってジョンズワートを放置する気はないのだ。  アーティとチェストリー。この二人が主人に対して抱く気持ちも、背負っているものも違う。  けれどアーティだって、己の主人で、親友でもあるジョンズワートのことが、どうだっていいわけではないのだ。  旅立つアーティを見送りながら、ジョンズワートは思う。  自分は、他者に支えられている、と。  カレンに再会できたのは、チェストリーがジョンズワートの想いを信じてくれたから。  手紙をもらってすぐにラントシャフトへ向かうことができたのも、あの農村でカレンの情報を得ることができたのも、アーティが補佐してくれたからだ。   「……休暇と旅費ぐらいじゃ、足りないぐらいだよ」  ジョンズワートの呟きは、誰に届くわけでもなく消えていった。
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