1-6 それはそれは、ひどい振られ方。

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1-6 それはそれは、ひどい振られ方。

 そのあとは、自分でも驚くほどにすらすらと、ジョンズワートを否定する言葉が出てきた。 「私、乗馬は初めてだと申し上げましたよね? 自分から誘っておいて、大丈夫だと言ったのに、怪我をさせて……。そんな殿方と一緒になったら、傷だらけになってしまいますわ」 「傷をつけた責任を取って結婚するということなのでしょうけれど……。結婚したところで、傷は消えませんのよ?」 「そんなこともわからない方と結婚なんて、お断りですわ。ジョンズワート様」  とにかくこの婚約をなしにしたい、彼を縛りたくない一心で、必死だった。  彼を傷つける言葉が、こんなにも簡単に、冷たい声で出てくるなんて、自分でも思ってもいなかった。  カレンの言葉を聞いたジョンズワートの表情は、凍っていた。 「カレ、ン」  カレンに触れる手にぐっと力を込めながら、すがるような声で。ジョンズワートは、己の求婚を拒んだ女性の名を呼んだ。  そんな顔をされたら。そんな声で呼ばれたら。カレンの心が、揺らいでしまう。  ジョンズワートの幸せを願って突き放したのに、このままでは、彼の手を離せなくなってしまう。 「……触らないでください」 「っ……!」  できる限り冷たい声でそう言い放てば、ジョンズワートはカレンの手を離した。 「では、失礼します」  そう言ってお辞儀をすると、カレンは逃げるようにジョンズワートの元を立ち去った。  これ以上、彼の近くにいたら――もう、拒むのは無理だった。  その場に残されたジョンズワートと両家の親たちは、みな一様に言葉を失っていた。  カレンが、ジョンズワートの求婚を断るだなんて思ってもみなかったのである。  だって、二人は幼い頃からとても仲がよくて。互いに恋心を抱いていることも明らかだった。  ジョンズワートも、デュライト公爵夫妻も、アーネスト家のカレンに結婚を申し込むつもりで過ごしていたのである。  カレンの両親だってそうだ。正式な約束はしていなかったが、二人は夫婦になるだろうと思っていた。  今回の話し合いだって、重点が置かれたのは「責任」ではなかった。  思っていたより早いタイミングになるけれど、傷をつけた責任もありますし、この時点で婚約するのはどうでしょうか、と。  そんな風な流れだったのだ。  もちろん、ジョンズワートも公爵夫妻も、この件ついて誠意ある謝罪をした。  それでも、二人の婚約は、責任を取るためだけのものではなかったのだ。  元よりそのつもりだったことが、少しだけ、時期が早まった。  それだけのことだった。  なのに、こんなことになるなんて。  カレンが婚約を拒否し、あんなにも強くジョンズワートを非難するなんて、誰も思っていなかったのだ。  このタイミングで婚約を申し込んだ理由は、怪我をさせたことだったかもしれないけれど。  カレンは快く婚約を受け入れ、二人は晴れて婚約者となる。みな、そう思っていた。 「申し訳ありません、ジョンズワート様。カレンも交えて、もう一度話し合いを……」  カレンが立ち去って、どのくらいの時間が経ったのだろう。  初めに言葉を発したのは、カレンの父だった。    カレンが最初からこの場に呼ばれなかったことには、理由がある。  彼女は、ジョンズワートのことが大好きだ。  ジョンズワートのことを庇い続けると、確信できるほどに。  だから、カレンがこの場にいたら、ジョンズワートのせいではない、気にしないで欲しい、自分が悪いのだと言い続けることがわかっていた。  カレンの気持ちが理解できないわけではないが、それでは話が進まない。  だから一旦、カレンは別室に待機させ、話がまとまったらここに呼び、婚約のことを告げるつもりだったのだ。  カレンはきっと、なにか誤解をしている。経緯を説明して説得すれば、彼女は首を縦に振る。  だって、彼女は、ジョンズワートのことが大好きで、心から慕っていたはずだ。  カレンの父はそう考えたのだが―― 「……いえ。カレンには、本当に申し訳なかったとだけ、伝えてください」  公爵家の跡取りとはいえ、ジョンズワートだって15歳の男子。  あんなフラれ方をした後に、カレンに会うほどの力は、残っていなかった。
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