半夏生の頃

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半夏生の頃

 離島の暮らしは、とても居心地がよかった。  隣近所みんなが家族だった。  ゴミ出しをしていると、通りすがりの人が車やバイクで運んでくれた。  漁師のおじさんは、魚をみんなに配って歩いた。  何でも明け透けだから、楽しみを分かち合うことができた。  光希は成長するにつれ、そんな暮らしに疑問を膨らませている。  インターネットで都会の暮らしを調べ、憧れるようになっていた。  そして、ずっと傍にいた優織が突然いなくなることは受け入れがたい。 「こうちゃん、身体には気をつけてね」  別れ際に言った言葉が心に沁み込んだ。 「なんだよ。  親みたいな子と言うなよ」  口を尖らせる光希を見つめ、覗き込むようにつま先立ちをする。  心の奥底を見透かそうとするかのように。 「それじゃあ、明日の準備があるから」  右手をあげた優織は、帰って行った。  ローズピンクのワンピースの末広がりのラインを残して。  翌日、朝早く大きな船が島にやってきた。  沖に止まった白い船体から、小さなボートが下ろされた。  澄み切ったサンゴが見える桟橋に、白いボートがつけられた。  青と白の横縞模様のシャツに白のパンツを身につけた優織は、海と空に吸い込まれるような美しさだった。  母親に続いて、見送りの島民に一例をした後ボートに乗り込んだ。  振り向い顔には、笑顔が(あふ)れていた。 「元気でな」  みんな口々に別れを惜しみ、大きく手を振る。  涙をこらえながら光希は手を振り続けた。  一瞬でも彼女を見逃すまいと、波に揺られるボートを追った。  小さな小さな木の葉のように波に洗われ、穏やかな海に吸い込まれていく。  波間に見え隠れするようになったころ、船に着いたのがわかった。
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