街のががんぼ

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街のががんぼ

 月日は流れた。  東京の大学で、データサイエンスを学んだ光希は宇宙観測に夢中だった。  情報通信業界で就職活動をして、大手企業の新しい衛星通信の研究と宇宙開発に関わる研究を続けることになった。  生き急ぐように勉強を続け、毎日在宅でデータ分析をする日々。  人工衛星のエックス線観測機や赤外線観測機のデータを睨みつけ、世界中の研究者とやり取りをする。  肉眼での観測には限界がある。  だが、赤外線とエックス線を分析することによって宇宙開発が飛躍的に進むと期待されている。  いわば目に見えない世界を、感じ取って数値化しているのである。  そして新しい素粒子の研究も進み、予想だにしなかった成果が上がっている。  世の中で最も先端にいて、役立つ仕事にやりがいを感じて始めた研究だった。  パソコン画面に流れていく数字を追い、独自のプログラムで抽出した変化を見て唸る。  もし新しい惑星を見つけたら、自分の名前をつけられるかも知れない。  自分の星を、10000キロ離れた土地で優織が認める日が来るのではないだろうか。  想像を膨らませた先に、いつも彼女の影がよぎった。 「ふう」  大きなため息をついて、席を立った。  彼女の面影が脳裏に焼き付いて離れない。  お互いのために忘れようなどと考えたことを後悔した。  会えなくなると、会いたくなる。  もがき苦しみながら、気持ちを鎮めようと外の風に当たった。  34階建てのタワーマンションの高層階にある部屋からは、地図のような街が広がる。  遠くは灰色に霞んでいた。  見上げた空は、今にも落ちてきそうなほど重苦しい。  眼を閉じて濡れ縁に腰かけた。  すでに陽は暮れかけていた。  落ち着きを取り戻すと、室内に戻りパソコンに向かう。  相変わらず無味乾燥な数字が落ちてくる。  時々数字が跳ね上がると、SNSに報告を打つ。  今日は、これといった成果もなく終わった。  日報を書き、一息つくともう一度インターネットを開く。  一日の終わりに、やることがある。  人工衛星の観測データから、フランスを探索するのである。  一人の人間を探し出すことなど到底不可能だったが、やらない日はなかった。  乾ききった肌に、思い出の潤いが沁みわたる。 「今年のお盆は、島へ帰ろうかな ───」  ベッドに横たわると、静寂が辺りを包んでいた。  飾り気のない真っ白な壁に目を移すと、一匹の ががんぼ がとまっていた。
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