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一万キロ彼方の幻
石造りの建物が立ち並ぶ、芸術の都パリには美しい文化があった。
ライターをしている母親の都合で来てからというもの、優織もクリエイティブな仕事に興味を持ち始めた。
美術や音楽に触れ、母と同じ執筆活動をするようになっていく。
英語とフランス語を必死に勉強しながら、フランスでの生活と芸術を題材に情報発信していた。
忙しい生活をしていないと、故郷のみんなの顔が浮かんできてしまう。
帰りたい気持ちを噛みしめ、生き急ぐように勉強し続けた。
「こうちゃんは、今頃どうしているかな ───」
島を離れた日から、年月が経つごとに思いは深くなっていく。
狂おしい気持ちを抱えて、アパルトマンのベランダに出た。
「空を見れば、世界中につながっている」
光希の言葉が心の支えになっていた。
今日はISSがよく見える。
国際宇宙ステーションには、エックス線観測機などさまざまな機材が取り付けられている。
日本も宇宙開発へ本格的に乗り出した。
月面に日本人が立つ日も近いらしい。
そんなことに思いを巡らすと、光希とつながっていると思えた。
優しい星の光に吸い込まれそうになる。
今日も夏の大三角形を探し、辿りながら呟いた。
「出逢いが本物だったら、また会えるはず ───」
リビングに降りると、母が帰って来たところだった。
洗面所から顔を出し、帰りの挨拶もそこそこに、
「今年のお盆は、日本に帰るよ」
にっこりと笑って言た。
「えっ」
突然の帰郷に、呆然と立ちつくしていた。
夕飯の支度をしながら、日本のことを思い出していた。
優織の顔を窺っていた母は、
「島は、変わってないかなあ」
しみじみと言った。
日本の政治、宇宙開発などをぽつりぽつりと話ながら、夕飯を済ませる。
無性に星空が恋しくなった。
もう一度ベランダに出た。
天の川が鮮やかに煌めく。
織姫と彦星はそれぞれの仕事をきちんとする代わりに、1年に1度の逢瀬を許される。
優織はこと座のベガ。
光希がわし座のアルタイル。
万星の明は、二星の光に如かず。
空に描いた絵が、美しく瞬いていた。
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