2人が本棚に入れています
本棚に追加
牛を牽きて現る
エールフランスは、日本列島を視野に捉えた。
窓から見える雲の間に東京のビル群を探す。
懐かしい房総半島の形を認めると、胸が熱くなった。
「本当に、日本に帰って来たね」
船に乗り込み、島を目指す。
船体が揺りかごのように身体を揺り動かす。
懐かしい感触だった。
出航すると、デッキに上がって海原を見渡した。
鰹の群れが銀の河のように通り過ぎた。
遠くにはカモメが魚を狙って白い波しぶきを立てている。
「ああ、地球は広いんだなあ」
優織は胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。
あと数時間で懐かしいあの場所に着く。
近づくごとに、不安が頭をもたげた。
「こうちゃんは、いないかも」
何を楽しみに帰るのだろう。
記念写真を眺めて胸を熱くしていた方が、幸せなのかも知れない。
自分が何を期待しているのか、分からなくなってきた。
「何だか、顔色が悪いようだけど、久しぶりで酔ったかな」
母が心配して覗き込んだ。
「ううん。
違うの」
それっきり黙り込んでしまった。
白い小さなボートに乗り込むと、島に近づいて行った。
小高い丘で、小さいころ走り回ったっけ。
漁船に乗せてもらって、手伝いをしたこともあった。
近所のおじさん、おばさんたちはみんな親切だった。
ハッキリと目でとらえるようになると、懐かしさは消えていった。
あの日送り出された桟橋で、手を振っている人たちがいた。
「おうい」
身を乗り出して優織も手を振る。
目と鼻の先まで近づいてきて、光希の姿がないことを確かめるとため息を一つ吐き出した。
宿に落ち着いてから、疲れた身体を畳に広げた。
大の字に寝転ぶと、眠気が襲ってきた。
「そうだ、砂浜へ行こう」
跳ね起きると裸足のままサンダルを突っかけて浜に出た。
熱い砂。
エメラルドグリーンの海。
そして入道雲。
まるであの日を再現したかのようだった。
胸が熱くなって、サンダルを脱ぐと波打ち際に入った。
「冷たい」
海の感触は少しも変わらなかった。
身を縮めると、被っていた帽子を海に落としてしまった。
「ほら、気をつけないと流されるぞ」
太陽を背に、帽子を拾った男が近づいてきた。
最初のコメントを投稿しよう!