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東京の空
リビングからまな板を規則正しく叩く音が聞こえる。
朝食はたまごかけご飯とサラダボウル、そして果物。
毎日決まった食事を規則正しく取ることで、体調も整えられる。
キッチンから、優織の声がする。
「今日は通訳の仕事を入れたから、少し遅くなるよ」
「そろそろ、産休にした方がいい。
僕の稼ぎだけで充分やっていけるから」
「うん」
じっとしていられない性格なので、妻もよく働く。
母親と2人きりの海外生活が、そうさせたのだろうか。
光希が元々棲んでいたタワーマンションは、夫婦親子でも住める広さがあった。
コバエやら蚊トンボが階段を上って入ってくるところも変わらない。
パソコンを開いて、SNSで始業報告をする。
今日も赤外線観測器のデータ収集。
同時に雑誌に載せる記事を書く。
調べ物が膨大になって、画面が付箋で埋めつくされた。
研究者の友人から電話を取る。
今週ラジオで流す原稿の打ち合わせである。
「じゃあ、今日で最後にするから。
いってきます」
玄関から妻の声がした。
NASAとJAXA、理化学研究所にも情報提供し、大学で宇宙開発に関するコマも持っている。
フリーで仕事をしていると忙しい。
だが、好きな宇宙開発の研究とプログラミングで食っていけるのだから、いくらでも頑張れた。
妻も宇宙に関する記事を書いている。
離れていたときも、宇宙でつながっていたようだった。
地球上では遠く離れていても、宇宙の一部だと思えばすぐ隣の陸地である。
心はいつも空の上にある。
島にいたときも同じだった。
子どものころから同じ夢を持ち、今も邁進している。
気がかりと言えば、そろそろ体力の衰えが目立ってきた両親と、優織の母親のことである。
「いずれは、東京に来てもらおうかな ───」
「幸せ」は、身近な人と共有するから確かなものになる。
帰ってきたら優織にも話してみよう。
都会暮らしも、人数が増えれば楽しくなる。
外のビル群が、今は暖かく人の営みを感じさせた。
キーボードを叩く音が高く響く午後だった。
了
この物語はフィクションです
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