Ep,00 Prologue

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「え。いいの?」 「人を待ってるから、あの子が戻って来るまで暇だし」  こっち。と言って歩き出す彼の背中を見つめてから慌てて追いかける。本棚の間を縫ってやってきたのは児童向けのコーナーの奥にある背の低いテーブルと椅子だった。  周りに他の子どもがいる様子もないのは不思議なもので、やけに静かな空間を見つめつつ、窓際のテーブルの一つに腰を下ろしている彼のところへ急いだ。  小さな丸い椅子に腰を下ろせば山積みになった童話の一冊が机の上に置かれた。題名を見ると『ピーター・パンとウェンディ』と書かれている。 「でも、学校の宿題ってなんだか変な宿題だね」 「先生がちょっと変わった人なんだ」 「そうなんだ」  そう言いながら彼は本を指で撫でてからそれを指を挿した。 「これはどう?」 「え」 「宿題」  にこりと微笑んで本を杏里の目の前まで推してきた。 「でもこっちもおすすめかな? ハーメルンの笛吹き男」  一人の派手な服を着た男の周りに子どもが駆け回っている表紙の本を見て杏里は首を傾げた。聞いたことのある題名ではあるが、内容は思い出せないというか、知らないかもしれない。 「ハーメルンっていう国でネズミの大繁殖があって、同時に飢饉が起こってしまったんだ。国の人たちが困っているところに笛吹き男が現れて、報酬をやるからネズミを退治しろって言われて、男はネズミを笛の音色で国から追い出してしまうんだ。  でも、報酬は貰えず怒った笛吹き男は国中の子ども達を笛の音色で子ども達を攫って姿を消してしまうってお話ね。子ども達は無理矢理働かされていたから、ハッピーエンドっていうお話なんだよ」  スラスラとその綺麗な口から漏れ出た物語の話になるほど、と頷いた。次に手を添えたのは空を飛ぶ少年に続き少女、少年二人が空を飛んでいる表紙の本。これは見てわかる。ピーター・パンである。 「夢の国、ネバーランドから影を探しにやってきたピーターと出会うウェンディ。彼に誘われたウェンディ姉弟達は、ピーターとロストボーイ達と共に普段はできない冒険をしてフック船長と戦って勝利して家に帰ってくる話だよね。簡単に言えば」 「う、うん……多分?」  首を傾げて聞いてみる。目の前の少年は美しく微笑むと腕を組んでこちらを見上げてくる。窓から差し込む太陽光が、彼の瞳をさらにキラキラと輝かせる度に思わずその瞳に引き込まれそうになる。
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