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それは、まるで今までの光景が夢だったかのような錯覚を覚えるほどに物音ひとつ消えるようにその場が静まり返ってしまった。
ピーターが向けている視線を辿ればそこには、軍帽を深く被りウッドフェンスの向こうで静かに佇んでいるティンカー・ベルが在る。
鬱蒼とした仄暗い雰囲気の中、彼がウッドフェンスに手を掛けると苛立ちからかフェンスが嫌な音を立てて少し歪んだように見えた。いや、実際にあのフェンスはもう使い物にならないだろう。
彼が握りしめた一部が壊れているのが、手を離し歩き出した彼の身体越しの向こうに見えた。形を残さず無残にも木屑がパラパラと崩れ落ちていくのが。そして、近づいてくるティンクの表情が全くと言っていいほど見えない。
一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる彼の足取りが重く感じる。
まるで獲物を見つけた獣のような鋭いその眼差しで視線を送ってくる彼に、恐怖に似た何かを感じていた。
だが、三月うさぎも帽子屋もそんなティンクなんて気にも止まらないようで。特に気にする様子もなくそれぞれにティーポットに湯を注ぎ紅茶を飲んだ李、ホールケーキを手づかみで口に放り込んで頬張っている。自由というかなんというか好き勝手というか。少しくらいこちらを気にしてくれればいいじゃないかと思っても彼らがこちらに気がつくわけもなく。
ため息を漏らしながら杏里がもう一度恐る恐るピーター達の方を見れば、彼女の目の前に立った所でティンクは深く長く、まるで落ち着かせるような息を吐いてから彼女の足元にうずくまった。
突然の出来事、というかティンクがうずくまるその瞬間が彼がまるで倒れ込むかのような姿に見えたから思わず心配と驚きで思わず目を見開いたのだ。杏里はそれを見てそんなことを感じていたがピーターは特に気にもせずにそんな彼の頭を優しく抱きしめてから旋毛の辺りにキスをした。
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