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ちりん。
と、また、音が聞こえる。
また?
と、辺りを見回すとその音は菫の手の中から聞こえているようだった。
「気付いてました? それ、池井さんが『そういうの』と接触すると鳴るんです。近ければ近いほど大きい音がします。池井さん、こないだどうして助けに来たのかって聞いてましたよね? それに教えてもらってたんです」
菫と同じように立ち上がって、足のそばまで歩いてきて、鈴は言った。
「しばらくはついてくるかもしれないですけど、少なくとも危ないヤツじゃないから、放っておいても大丈夫だと思います。
池井さんも気付いていると思うけど、アブないヤツなんてそんなにいません。人間のヤバいヤツと同じくらいの割合だと思いますけど、『そういうの』自体絶対数が少ないから、簡単に出会ったりはしないです。それに、危ないヤツでも近づかなければ基本大丈夫。
でも、池井さんは気を付けたほうがいい。そんなふうに優しくしたら、ついてくるヤツは増えますよ?」
そう言って、鈴はしっし。と、するように手を払った。そうすると、ふ。と、足が消える。
「え? 消えた」
足の消えた辺りと鈴の顔を交互に見る。
「消したりはしてません。一時的に近づけなくしただけ」
そう言って鈴は苦笑した。
「折角の初デート邪魔されたくないですから」
鈴の言葉に今更ながら今日が初めてのデートだったと気付いた。さっきキスまでしたのに、気付かない方がどうかしているとは思うけれど、そのくらい菫は舞い上がっていた。
「あんなやつより、俺に集中して?」
鈴が悪戯っぽく笑う。それから、先に立ち上がって、ぐい。と、菫の腕を掴んて立たせてくれた。
「ガキの頃。毎日ここに通って。ずっと、池井さんのこと待ってました」
そのまま、また、ぎゅ。と、抱きしめられる。
「約束破られたって、怒ったこともあるけど、この鈴がなるたび心配で。きっと、これは誰かが池井さんに『そういうの』が近づけないようにするために持たせたんだってすぐにわかりました。それなのに、俺がこれをもらってしまったから、多分。これを離したから、池井さんはいろんなもの見えるようになったんだと思います。
だから、探して。探して。返したくて。もう、無理なのかなって思ってた。
でも、あの夜。池井さんを見つけた。池井さん、市民センターのフリース着てたからすぐに職員の人だってわかって。しかも、図書館だから顔見られるって何度も通いました。
見えることも、見えること隠してることもすぐにわかりました。だから、いないなんて言いました。
菫さんに。好きだって思ってほしいから。
俺、すごく待ちました」
抱きしめる鈴の腕に力が籠る。痛いくらいだ。けれど、目が眩むほど幸せで、離してほしいとか、緩めてほしいとかそんなことは思いつかなかった。
「だから、二人の時は俺だけ見ててください」
好きな人に、こんなに熱烈に求められることなんて今までなかった。初めての体験が鈴みたいな相手だったなんて心臓に悪い。間近で顔を見るだけでも鼓動が早くなるのを止められないのに、片思いの時とは違う意味で嵐のような感情を持て余してしまう。
そろり。遠慮がちに鈴の背に手を回す。それから想いを込めてぎゅ。と、抱きしめるとさらに強い力で抱擁が帰って来た。
正直な話。
もう、どうにでもして。と、言いたい。
鈴が望むことなら何でもしてあげたい。このまま、一人暮らしという鈴の家に連れ込まれたって構わない。
菫はそんなことを考えていた。
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