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「きゃあああっ」
しかし、そんな思いは突然響いた悲鳴にかき消された。
「え? え?」
もちろん、鈴の声でも菫の声でもない。その声は公園の外から聞こえてくるようだった。
顔をあげたところで、鈴と目が合う。
そうだった。ここは外だった。少なくとも男同士でイチャコラしているのにはあまり好ましい場所ではない。
一気に現実に戻されて顔が熱くなる。慌ててその腕の中から逃れると、鈴は惜しかったような、恥ずかしいような、気まずいような何とも言えない顔をしていた。
「いやぁああああ」
もう一度悲鳴が聞こえてきて、ようやく菫と鈴は声のする方へ走り出した。公園から道路に出てすぐのあたりに誰かがいるのが見える。
「どうしました?」
道路の端に座り込んで両手で頭を抱えているのは、四十代くらいの女性だった。駆け寄って声をかける。すると、きゃあ。と、声をあげ、近づかないでと、滅茶苦茶に手を振り回してきた。
「……ちょ。痛」
何発か頭をはたかれて(痛いというほどでもないけれど)困っていると、その腕を鈴が止めてくれた。
「落ち着いてください。何かあったんですか?」
鈴ができるだけ穏やかな声で問いただす。
すると、それで初めて声をかけてきた菫と鈴に気付いた様子で女性は大人しくなった。
「大丈夫ですか?」
茫然とした様子で口をパクパクさせている女性に問いかける。
「……足」
ぼそり。と、ようやく声が出るようになったらしい女性が言った。
「足だけがいたのよ! そこの植え込みの陰に。公園を覗くみたいな場所に!」
ありえないものを見た! と、興奮した様子で女性は続ける。けれど、菫は、いや、鈴も、女性が望むようなリアクションはできそうになかった。
そいつ知ってる。
と、心の中で二人は呟く。
「……はあ。足……ですか」
もう、足は見えなくなっている。近づけないようにしたと、鈴は言っていたから、菫が近づいてきた時点でどこかへ移動したのだろう。ふと見ると、遠く、さっきまで鈴と菫が座っていたベンチの向こう側に足が見える気がする。もちろん、上半身はない。
「嘘じゃないのよ! 本当に見たの。信じてよ」
別に信じていないわけではない。ただ、驚いていないだけだ。
どちらにせよ、錯乱状態のおばさんを一人残していくのはかわいそうな気がする。何といっても、足だけの霊が徘徊しているのは紛れもない事実なのだ。きっと、もう一度見たらおばさんは卒倒することだろう。
「あー。あの落ち着いて? 疑ってませんから。おうち近くですか? 送りましょうか?」
菫の提案に鈴が『ええ??』と、言う顔をしたことにおばさんが気付かなくてよかった。
そののち、夜の散歩途中のおばさんを近所にある家まで送り届けたり、落ち着いてきたおばさんが二人の関係を勘ぐって来たり、おばさんの家の娘が鈴の容姿に一目ぼれして寄って行けと散々誘われたりしているうちに二人の初デートは終わるのだった。
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