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「だれ?」
りん。と、鈴が鳴るような声だった。
顔を上げると、少女がこちらを見ていた。
とても、とても、可愛らしい少女だった。
「おにいちゃん。だれ?」
人形のように整った顔が夕日を反射して赤く染まっている。と、思ったすぐ後に気付く。ただ、夕日を受けて赤く見えるわけではない。泣きはらしたような目元も、ぐしぐしと鳴らす鼻の頭も、そう見えるだけでなく赤くなっている。きっと、泣いているからだと思う。
「え……と」
その顔を見て、なんだか、猛烈に恥ずかしくなった。その子は心霊特集に出てくるようなものでもなんでもない、ただの女の子だ。勝手に勘違いして、勝手に怖がっていた時分が馬鹿みたいに思えてきた。
「おにいちゃんは、いけいすみれっていいます。S西小学校の4年生です」
恥ずかしさを誤魔化すように丁寧に答える。少女を”おばけ”扱いしたお詫びの気持ちもあったと思う。
「すみれ?」
その名前は嫌いだった。名乗るときはいつも女みたいとバカにされていたからだ。それをネタにずっと揶揄われるようなことはなかったけれど、面白くはなくて、いつも友達には”いけい”と、呼ばせていた。
「お花のなまえ。きれい」
馬鹿にするでもなく、ただ感心したようにいう少女にはそう呼ばれてもいいかな。と、思えた。なにより、少女の口から出る『すみれ』という言葉はその花のように控え目で綺麗な音だった。
「どうして、こんなところで泣いてるの?」
きい。と、音をさせて少女の座るブランコの隣に座る。
「泣いてないもん」
ごしごし。と、両手で顔をこすって、少女が答えた。そんなに擦ったら跡が残ると心配になる。
ポケットを探ると、ハンカチがあったから、差し出した。
「顔のところ泥ついてる」
嘘だったけれど、泣いていないという少女の言葉を否定したくなかった。
「……ありがとう」
こちらをじっとみてから、少女は素直にそれを受け取った。
「……おにいちゃんさあ。お母さんにすげー怒られたんだ。だから、ちょっとだけ、ここにいてもいい?」
こんな時間だけれど、一生懸命小さな手で涙を拭う少女に帰れとは言えない。自分自身も帰れとは言われたくない。だから、そんなふうに言った。
「いいよ」
少女が答える。
やはり、鈴の音のような綺麗な音色だった。
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