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「俺も、ヤなことあって、逃げ出してきた後だったから。なんだかほっておけなくて」
ポケットに手を突っ込むと、指先に何かが当たった。出してみると、それはミルキーだった。今度は入れた覚えがある。出がけにばあちゃんがくれた。理由はよくわからないけれど、昔から少し天然気味な人だから、ありがと。とだけ言って受け取った。
「あげる」
それを鈴に差しだす。
そうすると、鈴もありがとう。と、それを受け取った。
「なんかさ。怖い声が聞こえるって泣いてた。あの頃、俺はまだ『そういうの』見えてなくて、ただ漠然と怖いって思うだけだったけど。『そういうの』に助けてって言われるってきいたら、なんかすごく可哀想になって。思わず『そんなの絶対にいない』って、言ってた」
菫が『そういうの』を見るようになったのはおそらく、その直後だ。ここから今住んでいる場所に引っ越した頃だと思う。
「結局、いたんだけどさ。だから、無責任に嘘ついちゃったなあ。って、思う」
うん。とか、小さい声を挟むけれど、鈴は静かに聞いていた。
「それにさ。また遊ぼうって言われたのに、その約束も破った。
よく覚えてないんだけど、その日は深夜過ぎまで家に帰らなかったらしくて、帰って来たときにはあちこち擦り傷と、泥だらけで、放心状態だったらしい。その後熱出して、回復した頃にはもう、引っ越し終わってた」
公園からどうやって帰ったのか、菫は覚えていない。今日までは少女にあったことすら覚えてなかったくらいだ。だから、その時のことは兄に聞いた。聞いても何も思い出せなかった。だから、少女との約束を破ってしまったことすら、今、気付いた。
「熱のせいなのか。親の離婚があったからなのか。その前後のこと記憶になくて。でも、今思った。あれ、初恋だったかも。すんごい可愛い子だったんだ」
初恋はずっと、中学生のときの図書委員の彼女だと思っていた。けれど、違ったかもしれないと、思う。確実にあのとき、少女漫画風に言うなら。きゅん。と、した。また会いたいと思っていた。
それなのに忘れていたのが、切ないし、申し訳ない。
「悪いこと。しちゃったなあ。俺のこと。探してくれたかな」
誰に聞くでもなく呟くようにいうと、鈴の手が菫の手の上に重なった。
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