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「……ヤバい。俺。鈴君のこと好き過ぎてどうしていいかわかんない」
呟くようにいうと、不意に抱きしめられた。ぎゅ。と、強く。
「いいです。わけわかんなくなってください」
ここが、外だってこと、一瞬だけ頭をかすめるけれど、耳元に鈴の声がしたらもう、どうでもよくなった。散々叶わないと我慢し続けて、叶えた想いは強くなっていくのを止めることなんて不可能だった。
「……あの。……キスしても。いいですか?」
鈴の両手が頬を包み込む。すごく真剣な目で見つめられて、問いかけられて、嫌なんて言う言葉は思い付きもしなかった。
「……そんなこと、聞かなくていいから」
していいよ。と、続けようとした言葉は鈴の唇に塞がれて消える。
鈴の唇は掌と同じように少し冷たい。すごくいい匂いがする。重ねるだけの思春期みたいなキスはほんの一瞬だったけれど、砂糖菓子みたいに甘くて、夢を見ているみたいだった。
「好きです。ずっと。俺も。初恋でした」
唇が離れると、まだ夢の中にいるみたいな菫に鈴が言う。
幸せ過ぎて胸が詰まる。喉の奥が熱くて、なんだか、涙が出そうだった。
ちりん。
そのとき、鈴の音が聞こえた。
それは、このところよく聞く音だった。
鈴に初めて会った日。流星群を見た日。鈴が図書館で絵本を読んでいた日。稲荷男に会った日。
人には見えないものを見た日にはいつも聞いていた音だ。
けれど、今日は、その音が妙に近い。
「あ」
音源を探そうと視線を動かすと、その先にあった。
足だ。
ふくらはぎよりも下の足。
足だけ。
それに、菫は見覚えがあった。
「あ。にやにやしたやつ」
鈴の腕の中にいるという夢のような状況も忘れて、菫は思わず呟いてしまった。呟いてから、気付かないふりをしておけばよかったと後悔したけれど、遅かった。鈴の腕が名残惜しそうに離れる。
「足? ですか? 足だけ??」
鈴が菫の見ていたものに気付いて呟く。今更ながらやっぱり見えていたのだと再確認した。
「あ。あいつ。こないだの黒い犬から助けてくれて……上の方は食われちゃったんだ。もともとは、ストーカーだけど」
「ストーカー?」
菫の説明のおそらくもっともどうでもいい(と、菫は思っている)部分に鈴は食い付いた。肩眉がピクリ。と動いて途端にいつも他人に見せる無表情が顔を出す。
「池井さんに付きまとってたんですか?」
一瞬。温度が下がったような気がした。
その冷気みたいなものが鈴の方から発せられているような気がする。
「や。多分。黒犬のこと俺に知らせようとして、伝わらなかったからついてきてただけだと思うけど」
何かうすら寒い感じがして、菫は立ち上がって元にや男の現足のみに歩み寄った。随分と小さくなってしまったけれど、存在していること自体に影響はないようだ。いや、むしろ、全身だった時より色が濃い気がする。
「助けてくれてありがと。そんなんなっちゃったんだったら、成仏したら?」
足の前にしゃがみこんでそう言うと、足はたん。と、爪先を鳴らして反応を返した。そう言えばぶつぶつとよくしゃべるヤツだったから、口がなくなってさぞ不便だろうなんて思う。
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