待ち望んだ時代

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 ある日、退行催眠という瞑想法があることを人から教えてもらった。自分の前世や過去世を見ることができるというので、興味を持った私はCD付きの本を買って毎日試してみた。  毎日CDを聞き、深く深く沈んだ暗い場所で出会う自分は、必ず男だった。そして、いつも独りでいる(退行催眠を教えてくれた人から、〝他の人間が出て来ないのは珍しい〟と言われた。この謎はいまだ解けていない)。  何日目かの晩、今までとは違う自分が、今までになかった状況で現れた。CDの誘導の言葉を逸脱して、長い髪をくゆらせながら、私は深く深く沈んでいく。ーー今日は女なんだなと思った。  たどり着いた先が、日本の戦国時代であることがわかった。私は領主の娘だった。隣国の領主の息子と恋仲であったようだが、隣国に通じていた父の家臣に殺されたようであった。  できそこないの映画のようなビジョンを見たその日から、私の意識にその女が現れるようになった。退行催眠中は気づかなかったが、まだ十代前半の少女だった。  少女は語る。隣国の領主の息子を信じたばかりに、自分の家は滅亡した。自分がバカだったから、家族と領民を苦しめた。バカな女は罪である。そして、バカになり下がらないためには、もっと自分は賢くなければならない。何より、男など信じない。  しかし、私にはわかった。少女は自分を裏切った男だけは〝例外扱い〟をしているらしいということが……。  私は少女に問いかけた。  「もう、それが誰かはわかっているんだよね」  「ああ、やっと見つけた」  「やましい思いがあるから、私たちから逃げているんではないかと思うんだけど」  少女は泣き出す。なんとか、引き合わせろと。私はなだめる。  「私たちまだ、自分がバカなせいで苦しめてしまった人たちに返さなければいけないものがあるのだと思うな」  「……」  「それと、彼のおかげで私たち、知らない世界を見てみることができたのではないかと……それが、この関係の答えと違うかな」  彼と初めて会った頃のことだった。超能力や宇宙人、タイムトラベルやパラレルワールドを科学的に分析するTV番組を観たくて家路を急いでいた私は、たまたま帰り道が一緒になった彼に〝なぜそんな番組が好きなのか〟と聞かれた。  〝知らない世界を見てみたい〟  思えばこれは、子どもの頃からの私の口癖だった。  それから数か月経ち、自分の中の少女は、長い髪を一本に束ね、ファッション雑誌のモデルみたいな恰好をして現れる。  好奇心旺盛な少女にとって、息の詰まるような一族の歴史と仕来たりから自分を解放してくれたのが、隣国の領主の息子であった。その喜びの一方で、それを素直に嬉しいと思うことに罪の意識を抱く自分があったと、少女は告げた。ーーもし、彼が自分を裏切って殺したのだとしても、それを恨んでなど決していない、今でも彼が大好きなのだと少女は告げた。  「調べてみようか。私たちの家のこと。そして、あなたのお父さんが治めていた土地の人たちがその後どうなったかも……難しいかもしれないけれども、私たちはそれを知らなければいけないと思う」  この世には、頭がおかくなったとしか思えないことに、狂ったように取り組む人間がいる。しかし、彼ら・彼女らはもはや、周囲の人間に理解などされる必要などないのだ。自分がこの世で取り組まなければならないことを思い出させる関係こそ、運命の出会いに違いない。
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