3人が本棚に入れています
本棚に追加
1.入学式へ
ある朝、シダが起きたら知らない部屋のベッドで寝ていた。黒く塗られた木でできたベッドに、それと同じ素材で作られた勉強机と椅子。部屋には、大きな本棚が三台も置いてある。カーテンも、部屋の中央に敷かれた丸い絨毯も、真っ黒。
シダと同じくらいの背の本棚には、三台それぞれに本がぎっしり。
窓の外を見ると、葉っぱが茂り過ぎて陽の光があまり入ってこない。
外には、木がたくさん植わっているようで風が葉を揺らす音と、鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。
シダの向かい側には、ベッドがもう二台あり知らない女の子二人が寝ている。
あまり状況がのみこめない中、シダは二人の存在を見て少し安心した。おそらく、彼女たちも自分と同じ状況であろうと思えたから。
一人は、右側のベッドに寝ている。枕とは逆の方向に頭を向け、毛布もかぶらずに変な寝相だ。右足を、ベッドの外にだらしなく放り出している。
左側のベッドのもう一人は、毛布を頭まですっぽりかぶっており、白っぽく輝く金色の長い髪の毛先が外に逃げている。
シダだけが目を覚ましている中、ドアの方から呼び鈴の音がチリリンリンと響いた。返事をするまでもなく、ドアが開けられたがシダがドアの向こうを見ると誰もいない。
シダが、怖い夢を見ているんだと思って頬をつねったり強く揉んだりしていると膝の上には、いつの間にか黒い猫が。
驚いたシダが「どこから来たの?」と聞くと、その猫はにゃあとだけ答えた。
向かい側の二人のベッドを見ると、あちらにも見ると猫がいる。一人に一匹ずついるようで、彼女たちの猫はそれぞれの顔をぺろぺろと舐めて起こそうとしていた。
右のベッドのほうの子が「いやだ、何この、なめくじ」と言って、飛び起きた。
もう一人の金髪の子も、猫にはまだ気づかないようだが、ゆっくりと体を起こして目をこする。
二人とも、猫に気づくと喜んで胸に抱いた。二匹は、それぞれ彼女たちにとても懐いている。
開いているドアから、白いレースのような包帯のような生地を体にぐるぐると巻き付けただけのようにも見える、おかしな服を着た白髪のおばあさんが現れた。
ところどころ裾が垂れていて、彼女が腕を動かすと魚の尾ひれのようにも見える。
頭には、同じ素材をターバンのようにして巻いていた。
そのおばあさんは、胸に白い猫を抱いて微笑んでいる。
「もう、入学式ははじまりますからね。遅れたら、怖い先生もいるんだから。さあ、早く、ベッドを出て」と、おばあさんはシダたちを急かす。
「入学式って、今日からまた学校なの?昨日、冬休みになったばかりなのに」と右側のベッドの子は、びっくりした顔で言った。おかっぱの彼女は緑色の手鏡をポケットから取り出して、少し長い前髪をピンで留めなおそうとしている。彼女の名前は、メイアという。
シダも、終業式を終え今日から冬休みのはずだった。しかし、ここは昨日行っていた学校でもないし、昨夜床についた家でもない。
昨日の夜は、家族にまぁまぁの通知表を見せて、いつも通りの夕飯を食べて、この日ばかりは早々とお風呂に入り、お気に入りの小説を読んで、冬休みが始まった喜びに包まれて、すやすやと寝ていたはず。
「ここ、私たちが通っている学校ではなさそうなんですけど。お互い、初めて会ったし、何かの間違いではないでしょうか?」と左のベッドの子は言いますが、少し怯えているような顔をしている。ベッドから飛び出ていたのは、とても長い三つ編みの先っぽだった様子。
その子の三つ編みは、腰まで長いきれいな金色だった。彼女の名前は、マユイ。
「そんなこと言っても、だめですよ。ちゃんと、名簿に載ってるんですから。これが今期の、ブラックベリー魔女学校の新入生一覧名簿。綺麗な黒地の豹の皮に、銀色の木苺の絵の箔押しが素敵でしょう。学校の周りを、黒い木苺が囲むように植わってて在校生はいくらでも食べていいのよ。シダさんに、メイアさんに、マユイさん。間違いないわね?」と眼鏡をかけ直して、名簿を凝視して3人の顔を確認した。
「名前は、あってますけど」とシダが小さな声でつぶやくと、おばあさんは「わたしは、この学校の料理人、それから森と寮の番もしているのよ。エリさんと呼んでちょうだい。はい、これ制服」というと、クローゼットを開け一人一着ずつ制服を取り出し、渡してくれた。
メイアが「制服、真っ黒なんだ」と少し残念な声を出す。
「当たり前でしょ」とエリさんは、なぜか少し嬉しそうに言う。
「黒じゃないと、魔女っ子さんは」
エリさんは、そう言ってうふふふと笑う。
「白魔女さんなら、この学校には入れませんよ。さぁ、これから鍛えられるんだから」と、エリさんは気合いじゅうぶんのようだ。
「黒の魔女って、こわくて、わるい魔女ってことですか?」とマユイは悲しい表情。
エリさんは、空になったクローゼットの中を雑巾で綺麗にふいていましたが、驚いた顔で振り向いた。
「とんでもない!悪い魔女だなんて」とエリさんは、つらい顔をした。
少し、嫌な顔をして腰を曲げて震えたような足取りかつ強い足音で、マユイに近づいてきました。マユイを雑巾を持っていないほうの手で、指をさす。
「白魔女さんの学校にだって、世にも恐ろしい魔女になった子は大勢いるんですよ。黒魔女さんより、多いくらいだわ。それに、世の中の良い事と悪い事の全ての違いが、今のあなたに、わかるっていうの?わたしですら、ちゃんとはわからないのに。道徳に関する慢心は、魔の道への第一歩よ」
「じゃあ、この学校ではどのような魔法を勉強できるんですか?」とシダは聞いた。
エリさんは、今度はシダのほうを振り向いて、真剣な顔で話しはじめた。
「この学校ではね、白魔法では叶えられないこと・白魔法の範囲では扱えない魔法を学ぶ専門性の高い学校なのよ。本当の黒魔法は、生贄を使った怖い儀式や恐ろしい悪魔との契約なんか必要ないの。ただし、白魔女さんの学校より少し、泥くさくて大変なのよ。若いから、太りたくはないだろうけど体を壊さないように、ちゃんと寮のご飯は食べて、しっかり寝てちょうだい。それから、飛行・戦闘術のロウル・アーガット先生の授業だけは絶対に遅刻しないこと。彼、機嫌が良くないと生徒に無茶させるから」
エリさんのそんな話を聞きながら、3人は制服に着替えた。
黒いワイシャツに、黒の膝丈のスカート。藍色のタイは、銀色のボタンでパチンと簡単に止まるようになっていた。
全員、黒い靴下だが、靴だけはメイアとシダが藍色、マユイが黒。
「では、入学式の式場へ案内しましょう」と意気揚々とエリさんは、言いますが杖をつくエリさんは足腰が弱いようです。マユイは特に心配して、肩を抱く。
「入学式があるのは、3階のこの渡り廊下を歩いた先の別館の大講堂です。この廊下は、吹き抜けだし冬はとてつもなく寒いから気を付けてね。それから、夏には実験部の先生たちが飼っているヒキガエルが急に飛び跳ねてきたり、ひゃあ」
エリさんが教えてくれる話に聞き入っていたら、目の前にとても大柄な人が現れた。白か灰色のような長い前髪が風になびいて両目が隠れていて、唇も青白く血の気がなく見えたので、シダたちには少し怖く思えた。
「エリさん、うちのかわいい生徒がお世話をおかけしております」
「まぁ、あ、あだら先生」
「入学式に案内しているのなら、私が引き受けましょう。エリさんは、戻っていてくださいな」
「そんな、この子たちまだ入学初日なのに」
「入学初日だからこそ、早く、うちに慣れてもらわなくちゃ」
あだら先生は、そんなことを言って三人の袖を一人ずつ少し強く引いて、自分のほうに寄せた。
エリさんは口を堅く閉じて鼻から息を吸って、そしてすーっと吐いた。
「さようですか、かしこまりました」
エリさんは、そう言うとお辞儀をして、すごすごと去って行ってしまった。
「エリさんは、入学式に出てはいけないんですか?」とマユイは聞くと、あだら先生は、あははっと乾いた笑い声をあげた。
「いえいえ、心配はいりません。エリさんも入学式には来ますよ。エリさんは、これから入学式後の交流会の準備をしないといけないんだ。いっつも、入学式になると、ああやって生徒の世話を焼いてくれるのはいいんだけど、夕飯の時間に料理が間に合わないことがあまりにも多くて、みんな困ってるというわけです」
そう言うと、あだら先生はシダたちの背中をぽんと押した。そして、三人がおそるおそる歩き始めると、あだら先生はさっきとは打って変わって楽しそうな表情。
三人の周りをくるくると回ったりゆらゆらしたりしながら一緒に歩く。
「僕のことは、あだら先生と呼んで。本名は、教えない。今日は。君たちは、元の学校では何の教科が好きだったのかな?えっと、シダさんは?」
「あー、国語とか?美術とか?でも、あまり得意な教科はないかもしれません」
「得意な教科じゃなくて、好きな教科を聞いたのですよ。話をしっかり聞けないと、僕の授業はついていけませんよ。国語が嫌いでないなら、僕の授業はおそらくとることになるでしょうね。メイアさんは?」
「わたしは、体育かな」
「体育だけ?それなら、ロウル先生のクラスだろうね。あの先生も、一癖あるからね。1年生で、何人も大変な目に遭ってるから」
「大変な目ってどんなですか?」
「まず、ほうき無しで屋上からダイブするのが一日目、毎年一発目に絶対やる」
メイアは、目を丸くして驚いた。
「そんなことしたら、しんじゃうでしょ」
「いや、先生が地面に落ちる前に魔法で止めてくれる。落ちる時のショックで、羽が生えた子のだいたいはロウル先生のクラスになるよ。箒なしでも、飛べちゃうような子なら、ロウル先生は放っとかないってこと。数年前、一回ロウル先生が失敗して、一人の生徒が大事故になっちゃったときがあってね。保険の先生の骨の組み換えとつぎ足し魔法で、助かったんだけども。次の年から安全ネットまで用意されるようになったから、うーん、まあ、心配ないです」
マユイは、「体育好きじゃない子は、受けなくていい授業ってことですよね?」と震えた声で聴いた。
あだら先生は、「いや、あれは全員必修。ほうきで飛べないと、この学校は卒業できないので。あと、あの先生しかほうきの教習免許持ってないから、ロウル先生の授業じゃないと取れないよ。かわいそうにね、怖がりみたいなのに黒いほうに来ちゃって。君は、何が好きなの?」と、マユイの頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。
「私は、音楽と社会科が好きです。あと、動物が好きだから生物も楽しいです。でも、ロウル先生の授業とらなきゃいけないなら、この学校ちょっと合わないかもしれないです」
「なるほど、音楽が好きならジオ先生のクラスに行けそうだね。かなり楽だとは聞いてるよ。他と比べたら、だけど。入学届け一旦、受理しちゃうと難しいんですよね。飛行術の授業については毎年、三、四人授業で号泣するけど、心の準備しておけてラッキーだと思ってさ」
あだら先生と、そうやって話しているうちに三人は入学式の会場である講堂に辿り着いた。
「さぁ、他の生徒は席についてるから残りの席は君たち三人だけです。後列一番右の三席空いてるでしょ。あそこに座っておいて下さい。どうぞ、これからもよろしくね」
あだら先生はそう言うと、いつの間にか三人の前から消えていた。講堂を見渡すと職員席であろう列に、あだら先生はさもずっと座っていたように他の先生と談笑している。
遠くからでもあだら先生は、こちらに気づいたようだったが何事もなかったような顔でシダたちに向かって、どうぞというような手で席に座るよう合図した。
【続く】
最初のコメントを投稿しよう!