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6.クラス分けの会と使い魔
「どのクラスに、分けられるんだろう。緊張するなあ」と、シダは思わず呟く。
講堂は、もう新入生でいっぱいだった。新入生の並ぶ背後で講堂の大きなドアがガタリ、キィーと鳴って、開く音が聞こえた。新入生担当の先生達が、続々と入場してくる。
新入生担当の先生は、あだら先生やロウル先生、ジオ先生だけでなく総勢10名ほどである。
魔法学基礎・魔法薬担当のあだら先生。
飛行・戦闘部のロウル先生。
エネルギー魔法と音楽担当のジオ先生。
魔法動物教授のゾン先生。
この他に、6名の先生がいる。
呪文学のピロッド先生は、古びたテディベアのような天然パーマの金髪と度の強い大きな片眼鏡がトレードマークの先生である。
声が小さすぎて、教室の後ろまで声が届かないので通常の授業でも拡声器を使用している。
呪文学の先生なのに、と思うかもしれないが魔法を唱える時だけは使い魔の鸚鵡(おうむ)の声帯を借りて、喋るため問題はない。
魔法道具制作の円白(えんはく)先生は、元々人の世から来たといわれている。蜥蜴の刺青の入ったスキンヘッドには鬼の角のような突起が小さな三つある。
魔法が使えないわけではないが、なるべく使わずに手作りで道具を作ることをモットーにしている先生だ。生徒が魔法でずるして作った課題の作品は、目ざとく見抜くことができる。
魔方陣と防御魔法を教える、特別講師のミガン先生。魔方陣を杖で、あり得ないくらい素早く正確に書くことができる。酷く痩せていて、オーツミルクとオートミールが大好物。
肉類を避けており学校の給食は食べられないため、支給されるオートミールと例の栄養注射を打っている。
性格が穏やかで優しく、授業もわかりやすいため生徒からとても人気のある先生である。
防御魔法に詳しく、ジオ先生と少し仲良くなり時々、互いの授業を手伝っているようだ。
占い学の炎妃(えんひ)先生。燃える炎を凝視して、未来や人の心象風景を視ることができる。
いつも炎のような赤と蒼色の混ざったような色や深紅など、学校には場違いな派手なドレスを着ていて、髪の色は夜空に輝く星のような色をしている。
戦火に巻き込まれ夫を亡くなってしまってから、炎の中に様々なものが見えるようになりショックで髪が現在のように変色した。
戦地で見つかったという砕けた骨の破片とネームプレートが、夫の唯一の形見だそう。円白先生の手によりネックレスに加工され炎妃先生は、ずっとそれを首に下げている。
炎視占いの腕は確かなのだが失恋の話や歌を聴くと、フラッシュバックが起こる。
悲しい話をしないことや悲恋ものの歌を口ずさまないこと、万が一、授業中にフラッシュバックが起きそうな場合、専用の呼び鈴を鳴らすよう生徒に周知されているそうだ。
そんな個性豊かな先生たちが、それぞれの席につく。
そしてロウル先生が、大きな革表紙の重たそうな本を両手に抱えて前に出てきた。
演台にその本を、とても大事そうに、音一つ立てないようゆっくりと置く。そして、拡声器型のマイクの高さを先生の高い背に合わせ調節した。
「えー、皆さん」と一言話すと、声が大き過ぎて音が割れビーッという耳障りな機械音まで鳴った。拡声器の横にある音量調節レバーを引いて、「えー、えー」とマイクテストをする。面倒そうに、一つため息を吐くとロウル先生は眉間に皺を寄せて少し、苛立った口調で語りだした。
「本日は、待ちに待たれたクラス決めの結果発表だ。その前に我が校の校長先生の紹介をする」
そう言って、さっきの大きな革表紙の本の中を新入生に見せるため演台に立て、革表紙のベルトを外しページを開いた。
本の左側のページには、目を閉じた人の顔の革が縫いつけられている。青白い肌色で、グレーの顎髭を生やした皺だらけの老人。
右側のページには、血のような赤黒い色のインクで書かれた細かな文字が長ったらしくつらつらと書いてある。
校長先生、とロウル先生が本に向かって声をかけると老人の顔は目を開けた。
新入生の席からは、気味悪がるような小さな悲鳴がいくつか上がった。ロウル先生が、彼女たちに厳しい目を向けると、悲鳴とざわめきは止んだ。
「恐れるでない。我輩のように大きな功績のある魔法使いになると、500歳を越えても世が永遠の眠りにつくことを許してはくれない。ただ、それだけのことなのだ。この学校は、この我輩と同書の12ページで眠る副校長と最後のページに眠る魔女のレイ・ザハル・バハルがおよそ400年前に建てた。国からの反対や妨害にも屈せず、400年の歴史を守ってきたのは、優秀故に狡猾、勤勉で執念深い、魔女の慈しみと人の哀しみを熟知した教壇に立つ教師諸君である。我輩の昔話など聞いても、今の魔女たちは面白くもなかろう。ロウル先生、彼女たちにクラス分けの結果を早く教えてあげなさい」
ロウル先生は、柄にもなく赤くなった目をハンカチで少し押さえていた。そして、校長に向かって「かしこまりました」と恭しく右手を胸に添えて礼をし、本を閉じて丁寧にベルトをかける。
ハンカチを胸ポケットにしまうと、ロウル先生は一つ鼻を啜って小さく咳払いをし、また拡声器に向かって話し始めた。
「では、校長からの貴重なお言葉もいただいた事ですし、クラス分けの結果を伝えたいと思います。一人一人の寮の郵便受けに、振り分けられたクラスと授業についての資料、選択授業の申請書類や今期の時間割が入っています。どのクラスに振り分けられたか確認し、初めの授業の際に担当教師に選択授業の申請書を提出して下さい」
メイアは「え、ここで知れるわけじゃないんだ。ちょっと、がっかりだな」とマユイに耳打ちした。マユイは、黙って2回頷くと「私語はやめよう」という意味か、気まずそうな顔で人差し指でつんつんと壇上を差した。
ロウル先生は「クラス分けの結果をすぐに伝えてやれなくて残念だが、新入生諸君にとって楽しみになるであろう予定もある。ゾン先生」と、教員席に右手を向けるとゾン先生が立ち上がり嬉しそうに壇上に上がってきた。
「皆さん、こんにちは。魔法動物専門のゾンです。今日は少し、曇り空で心配ですね。これから、皆で森に行って皆さんのパートナーとなる、使い魔を捕まえに行ってもらいます。猫、鳥、蝙蝠は勿論、鹿や蜥蜴に魚などの水中生物でも結構。皆さんそれぞれに、最適なパートナーに出会えますように。それでは、さっそく案内致します。あだら先生とジオ先生、円白先生についてきてもらいましょう。では」と、楽しげに話すと壇上を降りていった。
ロウル先生が、「さぁ、新入生は一度、寮の部屋に帰って雨合羽と筆記具、魔法動物基礎の教科書を用意して、20分後に森の前のエリさんの小屋前に集合だ。クラス別に、担当教師が召集してください」と拡声器を使って、繰り返し何度かそう周知した。
こうして、クラス分けの会は終わった。シダたちは、寮の部屋に帰ると郵便受けから封筒をそれぞれ手に取った。
「私、見なくても分かる。私は、ロウル先生のクラス、マユイはジオ先生んとこ、シダちゃんはあだら先生でしょ?」とメイアは開ける前から自信満々である。
「そんなの開けなきゃ分かんないじゃん、早く開けてみようよ」とマユイは筆箱から鋏を取り出して封筒を端から丁寧に切り始めた。
シダは、糊付けしてある所を指でびりびりと破いて開けていく。メイアは、中の書類がどのへんにあるか手で触って確認しつつも大胆に、指で穴を開けて封筒を割いて中身を出した。
「今年は、生徒数が少ないためAからCの3クラスのみに分けられます。嘘でしょ、私、ロウル先生のクラスだ」とシダ。
「は?あたしも。シダちゃん、あだら先生のクラスじゃないんだ。なんで!?」とメイアは、少し驚いた表情をした。
マユイは「やっぱりジオ先生のところだった。最初は、好きだったけど今はちょっと心配だな」とこちらも、やや複雑な表情である。
「大丈夫だよ。ちょっと変わってるけど、ロウル先生達が言ってた感じだと、悪い先生でもなさそうだったじゃん」とメイアがマユイの肩を支えた。
3人は、開けた封筒をそれぞれの机に仕舞った。真っ黒なビニール生地に金のボタンが付いた雨合羽を着て筆記具を用意し、森に向かう。
「魔女の使い魔って、黒猫のイメージだったけどこの学校は何でもいいんだね」とシダが魔法動物基礎の教科書を眺めながら、歩く。
「余所見して歩くと、こけるよ」とマユイが注意すると、シダはその通り「あ、うわぁ」と声を出して石畳の欠けた部分で躓いた。
メイアが咄嗟に庇って体を支えたので、転ばなかった。
森の入り口に着くと、入学生たちがぞろぞろと集まっていてクラスごとに分かれている。
談笑する者、そこら中にある岩に座って教科書を読む者など、それぞれゾン先生の到着を待っていた。
ジオ先生は、とっくに着いていてハープを弾きながら担当クラスの女の子達に囲まれていた。
「そのハープ、どこから出してるんですか?」
「すごーい、目がサファイアになってる!高そう」
「ジオ先生って、ハープ以外の楽器は弾けないんですか?もっと、先生の音楽聴いてみたいなあ」
生徒達は、すっかりジオ先生に懐いているようだ。
「ほら、マユイも行ってきなよ」とメイアが背中を押すので「うん、また後でね」と少し心細そうに笑い、小走りで駆けて行った。
「使い魔の龍をハープの姿を変えてるんだよ。サファイアは、赤い目をそう見せてるだけ」
ジオ先生は、そう言うと着ていた青いマントをハープに覆い被せて「元に、戻りなさい」と声をかけると銀色のハープは、白銀色の鱗に覆われた赤い目を持つ先生の背丈の3倍ほどの大きさの龍に変わった。
龍は、穏やかな性格のようだ。鳴き声は弦楽器の音のように美しく、低くよく響く咆哮があたりに響いた。
「龍なんか、飼ったことないし凶暴なイメージがあったから。絶対に、選ばないはずだったんだけど。自分から近寄った黒犬と上手くいかなくて、襲われていたところをこの子が助けてくれたんだ」ジオ先生が頭を撫でると、口端がにっと伸びた。笑っているようにも見える。
「あれ、マユイちゃんだ。やっぱり、僕のクラスになったんだね。改めて、入学おめでとう」
ジオ先生が、ふと振り向いてマユイに気付いて笑いかけてきた。
「ありがとうございます。いろんな意味で、私なんかでは、協力は出来ないんじゃないかと思うんですけど。よろしくお願いします」と、マユイは他の生徒の影に隠れて怖々と挨拶した。
「心配ないよ。前言ってたことは、撤回します。利用したりしないから。自分なりに、頑張ってくれたらいいさ。どの道、今年は僕が功績1位をとるけどね」
そう言って、ジオ先生は少しつまらなそうな顔をした。主に、ロウル先生が一言二言、釘を刺してくれたのかもしれない。
またマントを龍に覆い被せ、掌ほどのサイズに変えたかと思うと、彼を優しく手に乗せ鳥籠に仕舞った。
その頃、シダたちはロウル先生の到着を待っていた。羽の生えている子達だけ、入学当初の制服と変わっており、藍色のセーラー服とレインコートに変わっている。羽の部分を出す穴が背中に開いている。彼女たちは、戦闘部への入部が決まっているからか何人かは芝生に集まって、スクワットや腹筋などのトレーニングをしていた。
「メイアは、ともかく私は場違いじゃないかな。皆、なんとなく強そう」
「あたしも、実は不安かも。羽が生えなくて、助かったよ」
ゾン先生がロウル先生とエリさんを引き連れて、現れた。
「お待たせしました、皆さん。さぁ、さっそく森に入って、使い魔さんとの出逢いを探しに行きましょう」とゾン先生は、笑顔と気合い十分である。
「小雨ですが、心配ですね。全員、今日一日で見つかるでしょうか。お前ら、今日見つからなかったら後日、自習の時間返上して探させるから、血眼で探せよ。先生も色々、忙しいんだ」と、ロウル先生は不安そうな顔で生徒達に伝えた。生徒たちは、姿勢を正して頷いたり小さくハイと答えたりしている。
ジオ先生は「雨の日は、雨の日で面白いのと会えるかもね。僕のクラスは、今日で使い魔決まらなかったら僕が捕獲した雨蛙かイモリを与えましょう。どうしても嫌な子は、その時に言って。こちらも、自習の時間に探すってことで」と言って、分かりましたかー?と皆に声をかけた。生徒たちは、「はーい」と楽しそうな声を揃えて返事をする。
「ジオ先生に、媚びとけば良かったかな」とメイアは、少し残念そうな顔をする。
「メイア、聞こえてるぞ。それに俺のクラスの方が、絶対かっこいいのと出会えるからな。とっておきの穴場を教えてやる。おら皆、行くぞ」と威勢良く、生徒達たちを連れ立った。
マユイは、ジオ先生のクラスで友達ができた。名前は、レイメルと言ってお菓子とリボンが大好きなピンクブラウンの髪をパステルブルーのリボンでポニーテイルにしている女の子。
女の子女の子していて、ちょっと鼻につくのか他の子たちはあまり彼女に寄り付かないようだ。
「ジオ先生についていけば、安心だわ。道具も薬も使わず自らのエネルギーだけで、魔法を扱えるなんて素敵。乱暴な戦闘も、面倒な薬の調合も私、きっと苦手」とレイメルは、言う。
「そうだね、でもあだら先生やロウル先生の授業は私達も受けるよね」
「確かに。私、やっていけるかしら。こんな魔女学校、望んでなかったのにな。おどろおどろしくて、彼がいなかったらしんでたところよ」
「どこから、どんな風に来たの?」
「お菓子の国から、来たの。キャラメルファッジ街5丁目5番地の郵便局近くにお兄様と妹と3人暮らしよ。お勉強はあまり好きじゃないから進学なんかせずに、白雪アップルパイカンパニーに勤めるつもりだったけど、林檎の皮剥き試験で小指の先を切り落として、まな板を血だらけにしちゃって失格。その後、近所のドリームズ・ポップコーンのスタッフに応募したら、ジオ先生が面接官に化けてて、そのまま連れて来られちゃった。あそこ、制服も可愛くて受かると男の子にもモテるし時給も悪くないから、働きたかったのにな」
レイメルは、当然のように話すが人の世から来たマユイにとっては、突拍子もないことだ。魔女学校がある世界はともかく、お菓子の国という世界まであるとは。
マユイとレイメルは、先頭で話していたのでジオ先生もその話を聞きながら、笑っている。
「君は、魔女向きだろ。アップルパイの会社の面接でまな板を血だらけにするなんて。才能しか、感じないんだけど」と、あはははと高い声で可笑しそうに笑っている。
「それだけで、レイメルさんを連れてきたんですか?」とマユイが聞くと、ジオ先生はちょっと悩んだ顔をして首を傾げた。
「物語に出てくるような魔女は、この学校で育てないんだけどさ。聞いたことあるお話があって。毒林檎を食べさせて、お姫様を倒す魔女の話」
「逆ですよ。毒林檎を食べさせる悪い魔女をやつけて、お姫様が王子様と結ばれる話です」とマユイが、困って突っ込むと「そんな話だっけな」と先生はとぼけている。
レイメルは「ひどいわ、先生。私をそんな魔女と重ねるなんて」と泣きそうな顔をしている。
「違うってー。生徒数を揃えなきゃいけなくってさ。あと、3人ってところで君を見つけたの。あの面接が。もう、めっちゃ面白い。この子、可愛いって思っちゃって。あだら先生に言われて、行ってみたんだけど。お菓子の国に魔女の素材なんかいないでしょって思いながら、旅行ついでに徘徊してたらさ。もう、この子だろって」と、ジオ先生は言い訳しながらも、思い出し笑いを止められずにいる。
そんなジオ先生に「ねぇ、私のこと可愛いだってー」と、レイメルは一瞬で機嫌をなおした。ジオ先生って笑うと超可愛いんだよねーと、マユイの袖を引っ張って、きゃっきゃとはしゃいで喜ぶ。
マユイは、呆れて右手で頭を抱え大きく溜め息を吐いた。
【続く】
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