21人が本棚に入れています
本棚に追加
2.宝石
極道同士の銃器と薬物の取引を未然に押さえ、都心を疾駆するカーチェイスの挙句に相手の車の土手っ腹に覆面パトカー激突させて犯人を確保して、同乗していた部下の桔梗原鸞にタクシーに押し込められて、やっとの思いで久紀がホテルに駆け込むと、逸彦がパーティ会場の入り口で待ち兼ねていた。
「逸彦……こんな大事な時に遅くなって、本当にすまん」
「お疲れ。鸞から電話もらったぞ。何だよ、ボロっちいなぁ。男前が来るからって皆に自慢してたんだからな……控え室にレンタルのタキシード用意してある、光樹に手伝ってもらって着替えてこいよ、抱かれたい男第1位」
同じ刑事同士だ、何があって、どんな状態で着くかは、逸彦も想定済みだったのだ。この出来る刑事は、サイズも完璧に揃えていることであろう。
「すまん、第二位……いや、今日はタッキーの第一位だな」
「ばぁか……ったく、因果な商売だな、お互い」
ド腐れ縁の友を、久紀は力一杯抱きしめた。
「逸彦、本当におめでとう!! 彼女と幸せになれよ、絶対」
「ああ、絶対なるさ……有難う! !」
逸彦も、久紀の汗ばむ背中を叩き、親友の祝辞を受け取った。
和やかに、深海逸彦と多岐絵の披露パーティは終わった。余興に多岐絵のピアノも聞けて、久紀も光樹も上機嫌であった。
「素敵なパーティだったね。タッキーはめちゃくちゃ綺麗だったし」
「元々綺麗な人だけど、やっぱ輝き方が違うよなぁ」
新宿のシティホテルの最上階、逸彦が手配してくれたスイートで、二人は窓辺に立ち、宝石箱のような夜景を見下ろしていた。
「アタシは? 」
「きれ……いつも通り。ってか、女装やめろって言ったろ」
「だから、めっちゃセクスィーな、黒子だってば」
借りたタキシードは会場ですぐに返し、背中越しに光樹を抱く久紀が着ているのは、あの傷だらけのタキシードである。
「絶対間に合わないと思った。アタシ切腹でもしようかと思ったよ」
「馬鹿野郎、間に合わない訳ねぇじゃん、俺を誰だと……」
窓に映る光樹が、久紀の腕の中で悲しそうに沈んでいる。あの14の頃の呪いが少し影を落としているかのようで、久紀は堪らなくなった。夏樹も久紀も、光樹の沈んだ表情を見るのが何より辛いのだ。
「悪かったよ、光樹」
ノースリーブの黒いパンツドレス姿の光樹の肩が、冷え切っている。久紀はその白く冴え渡る冷たい肩に、唇を這わせた。
「ねぇ久紀、俺は、このまま一緒いられればそれだけでいい。それに戸籍上はずっと兄弟だし、家族でいられるし……でも、あんたが居なくなったら……俺、本当に死ぬからね。だから、あんまり無茶はしないで。事件に夢中になるのもいいけど、久紀の命が俺の命を繋いでいる事、忘れないで」
ほろりと、光樹の白磁のような頰を涙が伝う。泣き顔など、人前では絶対見せない光樹の、久紀だけが知る儚げで心許ない貌。
夜の宝石の中に映り込む光樹の寂しげな貌に、久紀は詫びた。
「お前に泣かれると……堪えるんだってば」
抱きしめる久紀の手を、光樹が愛しげに撫でた。
「独りは嫌いって言ってるでしょ」
「分かってる」
「でもずーっとベタベタされるのも嫌だけど」
「ワガママだなぁ」
「そんなアタシ、嫌い? 」
「大好き」
ブッと笑って、光樹が久紀に向き直り、漸くいつもの太陽のような明るい笑顔を見せた。
ああ、世界一美しい、と久紀は魅入った。この笑顔を守るために、自分は刑事になったのだ。この笑顔をずっと守りたくて……。
「ねぇ久紀」
「ん? 」
「これからも……よろしくね」
笑いながら唇を震わせる光樹を、久紀はしっかりと抱きしめた。
「俺の方こそ、永遠に、よろしく」
「やだ……プロポーズみたいじゃん」
「プロポーズだもん」
あ、と声を詰まらせて、光樹は久紀にしがみついた。
二度と泣かせはしない、1人にはしない……高2のあの日に誓った約束は死ぬまで守る。
長い口づけを交わす二人の姿は窓に映り、煌めく宝石箱の中に溶け込んでいったのであった……。
深海逸彦シリーズ・スピンオフ 女難?
〜了〜
最初のコメントを投稿しよう!