2.宝石

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2.宝石

 極道同士の銃器と薬物の取引を未然に押さえ、都心を疾駆するカーチェイスの挙句に相手の車の土手っ腹に覆面パトカー激突させて犯人を確保して、同乗していた部下の桔梗原(ききょうばら)(らん)にタクシーに押し込められて、やっとの思いで久紀がホテルに駆け込むと、逸彦がパーティ会場の入り口で待ち兼ねていた。 「逸彦……こんな大事な時に遅くなって、本当にすまん」 「お疲れ。鸞から電話もらったぞ。何だよ、ボロっちいなぁ。男前が来るからって皆に自慢してたんだからな……控え室にレンタルのタキシード用意してある、光樹に手伝ってもらって着替えてこいよ、抱かれたい男第1位」  同じ刑事同士だ、何があって、どんな状態で着くかは、逸彦も想定済みだったのだ。この出来る刑事は、サイズも完璧に揃えていることであろう。 「すまん、第二位……いや、今日はタッキーの第一位だな」 「ばぁか……ったく、因果な商売だな、お互い」  ド腐れ縁の友を、久紀は力一杯抱きしめた。 「逸彦、本当におめでとう!! 彼女と幸せになれよ、絶対」 「ああ、絶対なるさ……有難う! !」  逸彦も、久紀の汗ばむ背中を叩き、親友の祝辞を受け取った。 和やかに、深海逸彦と多岐絵の披露パーティは終わった。余興に多岐絵のピアノも聞けて、久紀も光樹も上機嫌であった。 「素敵なパーティだったね。タッキーはめちゃくちゃ綺麗だったし」 「元々綺麗な人だけど、やっぱ輝き方が違うよなぁ」  新宿のシティホテルの最上階、逸彦が手配してくれたスイートで、二人は窓辺に立ち、宝石箱のような夜景を見下ろしていた。 「アタシは? 」 「きれ……いつも通り。ってか、女装やめろって言ったろ」 「だから、めっちゃセクスィーな、黒子だってば」  借りたタキシードは会場ですぐに返し、背中越しに光樹を抱く久紀が着ているのは、あの傷だらけのタキシードである。 「絶対間に合わないと思った。アタシ切腹でもしようかと思ったよ」 「馬鹿野郎、間に合わない訳ねぇじゃん、俺を誰だと……」  窓に映る光樹が、久紀の腕の中で悲しそうに沈んでいる。あの14の頃の呪いが少し影を落としているかのようで、久紀は堪らなくなった。夏樹も久紀も、光樹の沈んだ表情を見るのが何より辛いのだ。 「悪かったよ、光樹」  ノースリーブの黒いパンツドレス姿の光樹の肩が、冷え切っている。久紀はその白く冴え渡る冷たい肩に、唇を這わせた。 「ねぇ久紀、俺は、このまま一緒いられればそれだけでいい。それに戸籍上はずっと兄弟だし、家族でいられるし……でも、あんたが居なくなったら……俺、本当に死ぬからね。だから、あんまり無茶はしないで。事件に夢中になるのもいいけど、久紀の命が俺の命を繋いでいる事、忘れないで」  ほろりと、光樹の白磁のような頰を涙が伝う。泣き顔など、人前では絶対見せない光樹の、久紀だけが知る儚げで心許ない貌。  夜の宝石の中に映り込む光樹の寂しげな貌に、久紀は詫びた。 「お前に泣かれると……(こた)えるんだってば」  抱きしめる久紀の手を、光樹が愛しげに撫でた。 「独りは嫌いって言ってるでしょ」 「分かってる」 「でもずーっとベタベタされるのも嫌だけど」 「ワガママだなぁ」 「そんなアタシ、嫌い? 」 「大好き」  ブッと笑って、光樹が久紀に向き直り、漸くいつもの太陽のような明るい笑顔を見せた。  ああ、世界一美しい、と久紀は魅入った。この笑顔を守るために、自分は刑事になったのだ。この笑顔をずっと守りたくて……。 「ねぇ久紀」 「ん? 」 「これからも……よろしくね」  笑いながら唇を震わせる光樹を、久紀はしっかりと抱きしめた。 「俺の方こそ、永遠に、よろしく」 「やだ……プロポーズみたいじゃん」 「プロポーズだもん」  あ、と声を詰まらせて、光樹は久紀にしがみついた。  二度と泣かせはしない、1人にはしない……高2のあの日に誓った約束は死ぬまで守る。  長い口づけを交わす二人の姿は窓に映り、煌めく宝石箱の中に溶け込んでいったのであった……。   深海逸彦シリーズ・スピンオフ            女難?                        〜了〜 
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