いつもの風景

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 製品の入っていた空箱を片付けに工場内を歩く。  たくさんの大きな機械と男性社員ばかりが目につく。  曲がり角付近では白い無地のタオルを頭に巻いて作業着のポロシャツの袖を肩までまくった青年が機械を操作しながらぶつぶつと何か呟いている。  何を言っているんだろうと見ていたら、床に置いてあった工具箱に気付かずつまずいて空箱を落としてしまった。  「大丈夫か?」  彼はすぐに機械を止めて近づいて箱を拾ってくれた。  「ありがとう三島(みしま)君」  「ああ。工具箱が邪魔だったな」  頭のタオルを外しながら申し訳なさそうに工具箱を近くの棚にしまう。  同期の三島君。短く切りそろえられた黒髪に大柄で細く弧を描く眉。三白眼で目つきが悪い。しかし、その近寄りがたい見た目とは裏腹に仕事熱心で上司からの信頼も厚く、真面目な性格ゆえに先輩たちからも可愛がられている。  私たち製造二課は機械で加工された製品を検査し仕上げ、梱包する。それに対し、三島君たち製造一課は機械をいじり材料を加工して製品を形成していく。  課が違うので今まであまり話す機会はなかった。  ふと、彼の作業ズボンのポケットから垂れ下がっているストラップらしきものが目についた。  「犬?かわいいね」  「え、あ、これは……」  言葉を詰まらせ顔が赤くなる三島君。  「犬好きなんだよ、悪いかよ」  「全然。私も好きだし」  意外な一面に思わず笑みがこぼれる。  頑張ってね。そう言って去ろうとしたとき。  「あ~のさ、藍川ってさ趣味とかあんの?」  唐突に聞かれて首をひねる。趣味という趣味がないからだ。  しいていえば。  「ごろごろすることかな」  そう言うと目の前にいる人物は眉間に皺を寄せ難しい顔をする。  「おお……、そうか……」  なんとなく残念そうな雰囲気を漂わせ沈黙が続く。  「三島君は?趣味あるの?」  何気なく質問返しをしてみると、彼は少し嬉しそうに口を開いた。  「俺か?俺は最近小説読むのにハマってる」  「へぇ、意外。何読んでるの?」  「子犬めろの小さな恋、ってやつ。マイナーだけど感動するんだこれが」  予想外なタイトルの響きに笑いをこらえる。  ハートフルな作品なんだろうなぁ、と思いながらもどんな話か聞こうとしたところで三島君が上司に呼ばれてしまった。  「あ、悪い。行くな俺」  「うん、お仕事頑張ってね」 サンキュ、と言い背を向けた彼がくるりとこちらに向き直る。  「あ、俺がそれ読んでるって誰にも言うなよな、柄じゃねぇから」 そう言って少し恥ずかしそうな、けれどどこか嬉しそうな表情で三島君は再び私に背を向け歩いて行った。  同僚の意外な一面を垣間見た数分だ。  
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