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弟の幸助
結局、早退した翌日には熱は下がったのだが大事をとって一日お休みをもらった。その次の日にはすっかり元気になり仕事に復帰した。
仕事に穴をあけていた分残業を申し出たが、病み上がりだからと定時退社を勧められた。それを押し切り残業をして、家に着く頃には19時半を過ぎていた。
さすがにこの季節、夜はもう冷える。昼間は比較的暖かかったのに。
コンビニで買ったおでんを片手に車から降りて自分の部屋に向かう。
部屋に明かりがついている。……またあいつか。
私はため息をついてドアを開ける。部屋にいる人物の正体はわかっている。電気の消し忘れでも空き巣でもない。
「あ、姉ちゃんおかえり~」
呑気なものだ。こいつは弟の幸助。
私より年齢は一個下で28歳。
こうして勝手に人の家に上がり込んでくるようになったのは資格の勉強をして薬剤師になった一年前からだ。
「あんた、最近来ないから安心してたのに。実家帰りなさいよ」
「だって職場からだとこっちのほうが近いんだもん」
図々しく私のベッドで寝転がって漫画を読んでいる。
「だもんじゃない」
こんなことなら合鍵なんて渡すんじゃなかった。あくまでなにかあったときの緊急用だったのに。
「聞いてよ今日さ、おばちゃん先輩に怒られちゃった。俺はちゃんと昨日申し送りしたのに聞いてないっていうんだ」
「はいはいおつかれ」
私はコンビニ袋からおでんを取り出し幸助の話を聞き流す。いつものことだ。こいつは気が済むまで話さないと止まらない。
私は弟を無視することに決めた。
ピコンと私のスマホが可愛い音を鳴らす。
画面を見ると公式アカウントからのメッセージだった。通知をオフにするのを忘れていた。
設定画面で通知をオフに設定していると私の肩に温かい重みがのしかかる。
「なに姉ちゃん、彼氏?」
その重みの正体は幸助の顎だった。勢いよく振り払う。
「違う。勝手に人のスマホ覗かないでよ」
「な~んだ。つまんないの」
でもさ、と続ける。
「姉ちゃん枯れすぎだよ。まだ20代なんだよ?会社にいい人の一人や二人いないの?てかもっとおしゃれしなよ。髪は乱れてるしメイクよれてるし顔てっかてかだよ?」
私は幸助の頭をグーで殴る。
いってぇ、と頭をおさえながら涙目でこちらを睨む。
「姉ちゃんはもっと異性の目を気にしたほうがいいよ!そうすれば少しくらい周りの見る目も変わると思うよ」
周りが若い女子だらけだからって色気づきやがって。調子に乗って説教ときたか。
「これ以上言うなら追い出す」
「やだ、ごめんなさい」
家主の権力を行使して弟を黙らせる。
おでんを食べる前に手を洗いに洗面台に行くと鏡に映る自分は確かにお世辞にもきれいとは言えない。
結びなおしていない髪はサイドが乱れ、休憩時間もろくに鏡を見ないせいでメイクが崩れていることに気づきもしなかった。
確かに、これはひどい。せめてお昼休みに鏡くらい見よう。人の家のカップラーメンを勝手に作り出す弟を横目で見ながら私はそう決意するのだった。
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