現実と温度差

4/7
前へ
/16ページ
次へ
 どうにか断わろうと、適切な言葉を探している。 「あの……家、すごく近いので」  そう口に出した時、息子が再び大きな声で泣き出してしまった。  私の小さな声は届かなかったのか、聞こえたけども聞き流したのか、もう一度警察官は言った。 「乗ってください。赤ちゃん風邪ひくよ。ね、早く」  口調は優しかった。  それでも乗りたくなかったが、このままでいる訳にもいかず、軽く会釈をし、後部座席に乗り込んだ。  車内は無線のような音がジーッジーッと聴こえてくる。そして暖かい。  運転席の警察官は30代くらいに見えた。振り返り少し微笑んだ。とても誠実そうな人だった。 「赤ちゃんは何ヶ月ですか?」 「えっと……今月で8ヶ月になりました」 「夜泣きが大変な時期ですよね。うちの子もそれくらいの時期は大変だったのを思い出すなぁ……。でも、あと少しですよ」  私からしたらこの人は警察官でしかなかったが、どうやらお家ではお父さんのようだ。 「そうなんですか?でも、あと少しって明日じゃないですよね。永遠に終わらないんじゃないかって思うんです」  冗談でも大袈裟でもなく、本当にそう思った。 永遠にこうやって連れ出さなければいけないんじゃないか、終わりなんて一欠片も見えないと。  でも、誰かに言うのは初めてだった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加