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エピローグ〜冬〜
駅から小走りでカフェに向かっていた春香は、店内に入った瞬間に寒さによる体の強張りが解けるのを感じた。
店内を見渡し、手を振る椿を見つけると、笑顔で手を振りかえす。相変わらず黒い髪にメガネをかけていたが、最近話し方まで少し可愛いくなってきた椿を見て、今日呼び出された理由がなんとなく想像出来た。
「お待たせ」
「待ってないよー」
他愛もない会話をしながらもどこかふわふわとした感じの彼女は、話のきっかけを探しているように見えた。
「椿ちゃん、もしかして恋してる?」
糸口が見つからないのなら、と春香が口火を切る。すると椿の顔が真っ赤になり、両手で顔を押さえたのだ。
椿ちゃんが恋に踏み出しただなんて……春香は喜びと同時に寂しさも感じた。
きっかけはどうであれ、せっかく仲良くなれたのに、彼氏ができたら疎遠になるに違いない。
切ない気持ちを押し殺して、椿にお祝いの言葉を伝えようとした時だった。
「春香ちゃん、椿事っていう言葉を知ってる?」
「いや、珍事ならわかるけど」
「あはは、意味はほとんど一緒。思いがけない出来事ーー私ね、春香ちゃんとこんなに仲良くなれるなんて思っていなかったんだ」
「うん、私もそう思う。ライバルだった二人が再会して友達になるなんてね」
椿は春香に向かって優しく微笑むと、彼女の手にそっと触れる。
「春香ちゃんと仲良くなれたのって、偶然じゃなくて運命だって思ってる。というか、私と友達になってくれてありがとう」
高校時代には、彼女とこんなふうなるとは思いもしなかった。お互いの片思いが終わり、もう会うこともないと思っていたのに、運命とは不思議なものだ。
これはまさに椿事。本当の自分を知り、そんな自分のまま友人になれたことは奇跡のよう。おかげで私の世界はガラリと変わった。
私を見つけて、受けとめてくれた親友とともに、私が私でいられるこの世界がいつまでもつづきますようにと願わずにはいられない。
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