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昴流の家が怪盗一家だと教えられたのは、中学生になったときだった。昴流の家に私の家族が呼ばれ、一緒に夜ご飯を食べていたときのことだ。
別に珍しい行事ではなかった。小学生の頃からお隣さんで仲が良く、どちらかの家でホームパーティーを開催するなんてしょっちゅうあったので、その日も普段通りのホームパーティーだと思っていたんだけど。
「実季ちゃん。ちょっと驚かせちゃうかもしれないんだけど、桐生家は怪盗一家なの」
「中学生になったら僕に付いて怪盗の極意を教えて、高校生になったら一人でやるのが桐生家のしきたりなんだ。だからこの前から僕に付いてる」
昴流のお母さんとお父さんが私に向かってそんなカミングアウトをするので、それを咀嚼するのに随分時間が必要だった。
桐生家、怪盗一家、中学生、高校生、昴流、怪盗?
ひとつひとつの単語が頭の中で散らかり、バウンドしてはプカプカと漂う。そのどれもを掴むことができず、困って自分の両親を見るが、彼らはじっと私を見て様子をうかがっていた。
どうやら両親は知っていたらしい。どのような経緯で知ったのかは知らないけれど、口外せずにしてきたみたいだ。
さらに困って昴流を見ると、なぜか頷かれた。ウソじゃないよ、本当だよ、ということか。
そもそも怪盗って何者? 泥棒ってこと? 宝石やら高そうな絵画を盗むの?
そのままその疑問を昴流パパとママにぶつけたら、「泥棒とはまた違うのよ」と返ってきた。
「泥棒はコソコソ盗むけど、怪盗は堂々と大胆に盗むんだ。予告状を出しておいて、万全の警備体制の中で目的を達成するのが怪盗」
「盗むって言っても、もともと所有者は別の人なのよ。それを取り返しに行くのが桐生家の使命なの」
なんだか聞いたことのある設定だなぁと思ったのは秘密である。
と、ここで私の頭にひとりの怪盗が浮かんだ。アニメや漫画で見たことのある人たちではない。ニュースや新聞などの媒体で見かける怪盗の姿だ。
「……まさか、とは思うけど、今、巷を賑やかしてる、怪盗ネクスト……?」
怪盗ネクストとは、警察や警備員の厳戒態勢をいとも簡単にすり抜け、予告通りに品物を盗み出すことで有名だった。警察は毎度巧みな体制を整えるんだけど、怪盗ネクストは呼吸するようにすり抜けるので、ファンクラブができているくらいだ。怪盗ネクストは基本仮面をかぶっているので正体が分からず、証拠もひとつも残さないので人間じゃない説が濃厚だったのに……
「怪盗ネクストは僕だね。昴流は怪盗マツダでいこうと思ってるんだ」
あ、名前は引き継がないんだ。ってか昴流はマツダ? どういうネーミングセンス?
首を傾げていると、今まで無口を貫いていた昴流が口を開いた。
「ライバル社だと俺だってバレにくいかなって思って」
あ、自分で考えたんだ。ふぅん。
「ちなみに僕は次男だからネクストにした」
この親子、ネーミングセンス皆無だな。
なんかもっと大げさに驚かなければいけないカミングアウトだった気もするが、話していると徐々に受け入れられていった。あまりにも桐生家があっけらかんとしているせいか、はたまた幼馴染が普通の人間でないことに薄々気づいていたからか(変人という意味で)。まさか怪盗だとは思わなかったけれど。
「そこで実季ちゃんにお願いがあるんだけど」
昴流のお母さんが改まって私に言った。なんだろう? 誰にも言うなってことなら、言われなくても分かっているけど。思わず背筋を伸ばす。
「怪盗の仕事って夜中にすることが多いから、朝、なかなか起きられないと思うの。特に昴流は朝に弱いから余計に。だから、実季ちゃんが昴流のこと起こしてくれる?」
「……はい?」
「俺からも頼む。学校では無遅刻無欠席、健康優良児を目指してんだ。それには幼馴染である実季の協力が必要不可欠だと思ってる。だから、頼む! この通り!」
パン、と両手を合わせて頭を低くする昴流。
えええー。幼馴染の使い方、間違ってない?
両親を見てみるが、二人とも静かに頷いているだけだった。私の両親は平気で娘を生贄に差し出すタイプだな。
昴流の両親もキラキラした目で私を見ている。
別に朝起こすことくらいなんてことないけどさ。なんか、期待の目が、すごい。大した頼みごとをしているわけではないのに、みんな両手を組んで私を崇めてきた。
なんだこの空気。耐えられないっ!
「分かった、引き受ける。昴流が遅刻しないように、私が起こしに来ます!」
証人は五人。拍手喝采を浴びながら、私は檻に入れられたウサギの気分になった。
***
二年二組の教室は朝から結構騒がしい。
「おはよ、実季」
「はよーっす桐生!」
ドアをくぐればクラスメイトが挨拶をしてくれるので「おはよ」と返す。
クラスメイトたちは私と昴流がただの幼馴染であることを知っているので、「朝から一緒に登校、熱いね~ヒューヒュー」などと低俗な冷やかしはしない。そりゃまぁされたことはあるけれど、ギロリと睨んでやったらそれ以降誰も何も言わなくなった。
「おー、昴流! お前昨日の『よんま御殿』見た? サラリたんが出てたんだけど!」
「いや見てねぇわ。つーかサラリたんて誰だよ」
「なぁなぁ昴流ー。六組の担任って誰だっけー?」
「えー? 佐田センじゃなかったっけ?」
「おい昴流! じゃんけんで負けた方がジュース奢りな!」
「お、いいね~。最初はグー!」
昴流はクラスメイトから人気だ。歩くたびに誰かに呼び止められている。本人もそれが嬉しいのか楽しいのか、いつも笑顔を振りまいて要求に応える。アイドルさながらの応答に、クラスメイトたちからの信頼度もアップする。
策士だ、と思う。誰がこんな人気者が怪盗だなんて思うだろう。普通はバレないように根暗キャラとか演じそうだけど、昴流は昔から明るかった。もしクラスメイトに知られたらどうなるんだろう。即刻離れていってしまうのだろうか。いや、このクラスメイトたちに限ってそれはないか……
「おい、昴流」
自席についてカバンから取り出した教科書類を机の中に仕舞っていると、ひとりの男子生徒が昴流の前に立った。雑誌を一冊手にしている。
「小松。どした?」
「なぁ、コレ、お前に似てるなーって思うんだけど、どう?」
「ん? どれ?」
差し出された雑誌を見て、昴流は一瞬だけ目を大きく開けた。思わず隣に行って私もその雑誌を覗き込む。
「え……」
どうやら週刊誌のようだった。見出しは『怪盗マツダ、仮面が割れる瞬間を激写!』と見開き二ページにわたって書かれていて、その下には白いマントを羽織り、白いハットをかぶった人が電柱にぶつかり、仮面がぱっくりと割れた姿が写っていた。朝言っていたやつか。仮面の下には当然ながら素顔があって、怪盗マツダが『ひょっとこ』の仮面に差し替えるまでの様子を記者が連写していたらしい。素早く仮面を替えたのか、はっきりと素顔は映っていないが、シルエットが昴流そっくりで(というか昴流本人なんだけど)、ここまで激写されたのは私が知る限り初めてだった。
他のクラスメイトも「どうした?」と集まってきた。週刊誌の写真と昴流を見比べて「確かに似てるかも!」と盛り上がり始める。
ちょっと待って。私が全力で否定しないと、昴流の正体がバレる!
「いや、」
身を乗り出したとき、昴流が小さく手で私を制した。目が合って、『大丈夫』と口パクで言う。え、まさか正体を明かすの?
昴流は雑誌をマジマジと覗き込んだ。
「えー? 俺の方がイケメンじゃね? つーか、俺が怪盗? 怪盗ってアレでしょ、予告状出して金品盗みに行くやつでしょ? 俺、善良市民だからそんなあくどいことできねぇよ」
HAHAHA、とアメリカ人のように手のひらを天井に向けて肩をすくめてみせる昴流。あ、しらばっくれるんだ。目も泳いでないし、動揺も顔に出ていない。私が発言しなくてよかった。
そしてこの昴流の発言にクラスメイトは沸いた。
「自分でイケメンって言うなよ」
「まーそうだよね。桐生にそんなすばしっこいことできるわけないよね」
「世の中、同じ顔の人は三人いるって言うしな」
「昴流が怪盗~? ないだろ~」
人気者ゆえの納得だろうか。昴流はこういうことがあると見越してムードメーカーになったんじゃなかろうかと、なぜかそんなことを思った。
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