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 私の朝は、幼馴染を叩き起こすところから始まる。 「くぉら昴流(すばる)! 早く起きなさい! 遅刻するでしょうがぁぁっ!」  ダンゴムシのように丸まった形の布団をはぎ取り、締め切ったカーテンをシャッと音を立てて開けた。薄暗かった部屋に太陽光が入ってきて、丸まったダンゴムシはまだ丸くなろうと腕で顔を隠す。 「ううう、眩しい……俺、今日朝の三時に布団入ったばっかりだよ? もうちょっと寝かせてくれても良くない?」 「うるさい。だったら夜更かしをやめなさい。普通の生活に戻って一日八時間睡眠しなさいよ。ってゆーかそもそも起こしに来てって頼んできたのは昴流でしょうが! そんなこと言うんだったらもう起こしに来ないよ!」 「え、実季(みき)待って。それはダメ。実季が起こしてくんなきゃ俺、冬眠しちゃう」 「寝ぼけたこと言ってないで、早く起きろぉぉぉい!」  丸まった背中に張り手をお見舞いした。バンッ! というドアを乱暴に閉めたときのような音が鳴り、昴流から「グエッ」とカエルがつぶれたような声が漏れた。 「足りないならもう一発いくけど……?」 「あー、爽やかな朝だ! 桐生(きりゅう)昴流、本日も元気に学校へ向かいまーす!」  殺されると思ったのか、昴流は私から目を逸らしテキパキと動き始めた。最初からそうして欲しいんだけど。  はぁ、とため息をついたとき、ふと学習机に目がいった。そこには真ん中から真っ二つに割れたオペラ座の怪人のような白い仮面と、卓上カレンダーほどの大きさの型紙が置いてある。その型紙にはゴシック体で文字が書かれてあった。 【今宵、『キリンの涙』を頂きに参ります 怪盗マツダ】  私は、パジャマを脱いで学校のワイシャツに袖を通す昴流に聞いた。 「仮面、割れてるじゃん。どしたの?」 「ああ。警察に追われてる最中、後ろばっか気にして前にある電柱に気づかず衝突して割れた」 「え、大丈夫なの? 顔、見られたんじゃ?」 「いや。多分大丈夫。すぐに替えの『ひょっとこ』仮面で隠したし」  のんきな幼馴染に再びため息が漏れた。予告状に触れると、無機質な紙の質感が指先を這う。 「……今夜も行くの?」  昴流はチラリと私を一瞥して、ワイシャツのボタンを下から留めながら頷いた。 「もちろん。それが俺の仕事だから」  呼吸をするようにスルリと答えられ、私は何も言えなくなった。  桐生家は代々怪盗一家だった。詳しいことは知らないが、中学生になると父親と一緒に夜中に活動して技などを教えてもらい、高校生になると一人で活動をするらしい。昴流はもう高校二年生なので一人で夜中に活動をしている。そのため昴流は朝、起きられないのだ。それを私が起こしに行く。中学からの習慣なので別に不満はないし負担でもないけれど、あまりよくは思っていない。 「ふぁ~……ねっみぃ……あれ、今日って数学あったっけ」 「あるし課題も出てるよ」 「げ。やってねぇや。実季、後で見せて」 「はいはい」  優しい実季様あざーす! と両手を合わせてくる幼馴染を見て思う。朝、自力で起きられないくらい眠いのなら。  ——怪盗なんてやめてほしい、と。
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