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義兄の憐憫
足取り軽く霊園を出た雪治は、なんだか少し勇気というものが湧いた心地がして、義兄である山﨑芳乃(よしの)に連絡を取った。神やら妖怪やらの伝承が好きな芳乃に聞いてみたいことがあった。休みだったのかすぐに電話がかかってくる。
「もしもし」
『あ、もしもし雪くん?』
「うん、雪くんだよ」
『……いま羊羹つくってるんだけど食べに来ない?』
「行こうかな」
妖怪オタクの面がある芳乃に知恵を貸してもらおうとしただけなのに、こうして誘って相談の場をつくってくれる。そういう優しさに姉も惹かれたのだろうか、なんて口許を緩めながら雪治は一度家に戻った。
雪治が呼び鈴を鳴らすと、芳乃は部屋の奥からドタドタと走ってきて彼を迎え入れた。見るからに機嫌がよく満面の笑みである。
「いらっしゃい、雪くん」
「あ、うん……お邪魔します」
何か良いことでもあったのだろうかと首を傾げながら、雪治は招かれるままに居間へ上がった。義弟に頼られるのが嬉しいのだとは思い至っていないようだ。
手作りの羊羹を前に、雪治は少々緊張した面持ちで口を開く。
「あのさ……芳くんって妖とか神様とか、詳しいよね?」
「うん、それなりには」
それなり、などと申してはいるがその実、芳乃は妖怪オタクである。視える雪治よりもよっぽど詳しいのは周知の事実だった。
妖というものを幾らか調べたことのある者ならば承知のことだろうが、妖と神は切り離せない関係性にあり、芳乃は必然的に神についてもある程度は詳しい。
彼は普段ならば妖関係の話となると目を輝かせ身を乗り出し口を動かし続けるものだが、雪治の珍しくどこか不安げな様子を受けてか、今日は芳乃も大人しい。
「よく、物語とかでさ……神様と話したり神様を見たりする人、いるでしょ?ああいうのって、本当にあるのかな」
あくまで物語に対して気になったかのように尋ねる雪治だったが、芳乃は内心で「ああ、雪くんは神様に会ったんだな」と思った。妻である巫月から雪治の体質については聞いていたし、これまでにそういう場面を見ることもあった。その上で雪治の緊張感だ、察することは容易い。
「あると言えばあるし、ないと言えばないかな」
「と、言うと?」
「物語だとハッキリとその姿が見えるけど、実際の伝承とかによると白い靄や声だけというのが精一杯みたい」
「そっか……」
雪治にとって、それは「お前は人ではない」と言われているようなものだった。僅かに曇った表情に、芳乃がまずいことを言ったかと身構えたが、雪治は諦観の笑みを浮かべ、何でもないように羊羹を堪能しはじめる。
「美味しい!……何これ本当に手作り?もう芳くんに作れないものはないね」
「え、あ、うん?ありがとう……?」
雪治があまりに自然に、まるで最初から羊羹を目的に訪問したかのように振る舞うものだから、芳乃の脳内は疑問符で溢れていた。相談してもらえると喜んでいたものの、雪治が何を思い何を解決したくて聞いたのか、自分の回答で何を得たのか、芳乃には全く掴めなかった。
ただ、何か自分たちには想像もつかないような大きなものを背負っている気がして、芳乃は目の前の義弟に憐憫の目を向ける。
「雪くん、話を聞くくらいならいつでもするからね」
「ありがとう」
雪治は不自然なほど自然に笑った。綺麗すぎて悲哀さえ覚える笑みだった。酷くこの義弟との距離が開いた気がして、芳乃は空気を飲み込んだ。
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