掌上に運らす

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掌上に運らす

 全員が揃う頃には完全に日も落ちきって、紫陽花を照らすライトだけが皆の顔を浮かび上がらせていた。合流ついでに優矢が買ってきた大阪焼やら焼きそばやらを食べながら、雪治は楽しく話す友人達を眺める。この笑顔のためになら神にだってなってやろう。雪治が内心で決意を新たにしていると、突如、辺りが異様に静まり返った。  志信だけは何か違和感を覚えたのか一瞬片眉を上げて雪治を見たが、他の友人達は気が付いていないのか話を続けている。雪治は志信と目が合うと小さく頷く。大丈夫だ。これは悪いものじゃない。もしかするともっと悪いかも知れないが。  「まさか此処で逢えるとは」  ハッキリと声が聞こえた。東屋から少し離れた処に、いつの間にか人影があった。その人影は幞頭(ぼくとう)を被り、(ほう)と袴を着て、象牙の(しゃく)を持ち、烏皮履(くりかわのくつ)を履いていた。位の高い平安初期の文官の装いをしたその人は、細い目を更に細くして穏やかに微笑む。ああ、神だ。雪治にはひと目でわかった。  「(わたくし)は天子夜命(あまのこやのみこと)。君を神子としている内のひと柱だ。此処にも祀られていてね。祭りの際には時折こうして降りてくることにしているのだ」  雪治はちらと友人達を見てから気配を消してそっと東屋から離れた。傍に寄った雪治にその神が存外と愛想よく名乗った。アマノコヤの前に跪こうとした雪治を、しかし当のアマノコヤが制止する。  「お止めなさい。友に見られては気まずかろう。他はともかく、君は礼儀など気にしなくて良い。(わたくし)は君を愛しているからね」  「愛して……」  そういえば先日アマガハラ様も言っていた。どういう意味だろうか。まさか恋愛ではないだろう。親心のようなものだろうか。いずれにせよ、この神はアマガハラ様の言っていたまともな方の神である。雪治はほっと胸を撫で下ろす。  「おっと、引き留めすぎているかな。(わたくし)のことは気にせず友のところへ戻ると良い。別れが待っているのだろう、大事にしておいで」  「ありがとう存じます」  なんて気遣いのできる神なのだろう、と内心で感動しつつ、雪治は礼をしてまたそっと東屋に戻る。志信が様子を窺う視線を投げ、それを受けた雪治が微笑む。そうしてまたふたりは自然と友人達の会話に入っていった。  そんな彼らの姿を見ていたアマノコヤも東屋に背を向け、山道を更に上まで登って行く。その顔は先程の穏やかな笑みとは違い、ほくそ笑んでいた。  「これで神子からの印象は頭ひとつ抜けたか」  アマノコヤは性根の悪い神でも傲慢な神でもないが、良く言えば処世術に長けており、悪く言えば腹黒い。他の神々が嫌われている隙に雪治を懐柔してしまおうと、あえてこの場に姿を現したのだ。アマガハラに対しての懐き方を見ればわかるように、印象の悪い他の神々のお陰で、雪治は少しでも気を配れば感動する程には神への期待値が低くなっていた。アマノコヤとしては、これを利用しない手はない。  それにしても。神々への恨みつらみもあるだろうに跪こうとする姿勢のなんと神子らしいことか。実に。勝手に与えられた使命にさえ責任感を持ち、神々に従順で、強く優しく美しい。こんなに愛おしい者を手放せるものか。  アマノコヤは雪治がどれだけ可哀想でも、アマガハラのように悩んだり、オオキナガヒメのように怒りを顕にしたりはしない。雪治の心のために手放すなどあり得ない。雪治が神子を辞めたくならないようにその心を縛り付けてしまえばいいのだ。アマノコヤ様のためなら、と言わせる程に懐柔してしまえばいい。  「ああ……ほんに愛らしい」  雪治に会うという目的を果たし早々に天界へ戻ったアマノコヤは、彼方より地上の雪治を眺めては恍惚の表情を浮かべていた。
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