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「しっかし、ホンマにちゃんと当たるんやなぁ」
手元に表示された東風たちが開発したお天気アプリを見ながら、感心したように嶋田が言う。
予報通り、署に着く頃には嵐の影響で雨風が吹き荒れていた。
「署内に泊まるしかなさそうだね」
ガタガタと音を立てる窓を眺めながら呟く私を見下ろして、傍に立つ嶋田が何か言いたそうな顔をする。
「えっ、なに?」
口の端に笑みを漂わせながら彼を見上げる。
目の前の薄い唇が開かれようとした刹那、署内の明かりがぶつりと消えた。
「……停電だ」
真っ暗闇の中、溜息混じりにそう言うと腕時計のライトに照らし出された嶋田が髪を掻きむしる。
「傷んだら、あかんから」
そう言い残して、観念したように肩を落としながら刑事部屋を出て行く。
何事かと黙ってその情けない後ろ姿を見送ると、暫くして引き返してきた彼の手には小さな紙の箱が握られていた。
「……今朝、勢いで買うたんですけど。石橋さん忙しいだろうし、俺ひとりで食おう思っとって」
耳まで赤くなってるのが暗闇の中でも見て取れて、私は思わず笑ってしまった。
「本物のケーキ、久しぶりに見た」
箱の中にちょこんと慎ましく並ぶ、洋梨のタルトとマロンショコラを見下ろしながら微笑む。
「かわいい」
AI管理下におかれていた数年前には、あり得なかった光景だ。
たしかに東風が言うように、世界は今からでも変われるとしたら、これまで自分がしてきたことも決して無駄ではなかったと思える。
少なくとも、そう信じていたい。
嶋田の細長い指が、ケーキにピンク色のキャンドルをさす。
安っぽいライターで灯された小さな灯火が、目の前の瞳に映り込む。
「誕生日、おめでとうございます」
今日は人生最良の日だと、そう思った。
END
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