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2 原子力潜水艦
かつて極北は果てしなく凍てつく氷の世界だった。そしてその分厚い氷の下は深い海だ。いまはところどこりにその名残りがあるだけの、まるで火星の地表のようなありさまだった。
「海だ!」
テリルが嬉しそうに叫んだ。機体の窓越しからそれが見えた。まだ蒸発していない海があったのだ。大戦時、氷とともに海水は膨大なエネルギーの解放で蒸発し続けた。いま現存する海は、ここの他、どこにあるのだろう…。
「ここらあたりはかなり深い海だったんだろう…見たまえ、海のまわりは大きな山脈が連なっている。干上がった海への流出が防がれたんだ」
大佐は感慨深げに窓の外を見ながらそう言った。
「大佐!通信が入ってます」
レイナが操縦席で怒鳴った。いやいったいどこからの通信だ?ここらにゃあもう都市なんてねえんだぞ?
「軍事基地の生き残りかもしれん」
大佐はひとりごとのようにそう言って機体中央部にある通信機器の受信モニターへ腕を伸ばした。
〈 …に…る…上空…機…せよ… 〉
「こちらは旧アメリ=フレアシス連邦軍所属、アローカ型哨戒機だ。そちらの所属と位置を知らせろ」
〈 …こ…ちらは…ノルドフ共和国海軍所属、原子力潜水艦『サリュート・グズロノフ』だ。応答に感謝する… 〉
「驚いたな…原潜がまだいやがった」
ガニスが驚いた顔をして大佐を見ている。
「原潜ってなんだ、アトラス」
「原子力デ稼働スル、海ニ潜レル船デス」
アトラスがテリルに簡単な説明をしていいるが、そんなんでテリルが理解できるのかはガニスにはわからなかった。
「ああ、旧式の動力のことだな。お湯を沸かしてエネルギー変換する恐ろしく不効率な機械だね」
「原子力ナド反陽子エネルギート比ベタラ、焚火ト太陽クライノ差ガアリマス」
そのおかげでこの星がこうなったんじゃねえか!そうガニスは思ったが、何もテリルのせいじゃないんだと、そこは黙ることにした。レナード大佐も知らんふりをしてるみたいだし。
「大佐、位置を確認しました。われわれの真下にいるようです」
レイナが大佐に振り返ってそう言った。大佐はなにか考えているようだ。
「位置を知らせていたということは、われわれに来いということか…。どう思う?ガニス中尉」
「ノルドフの生き残りですかね?しかも原潜なんて。正直、いまここでかかわり合うメリットなんてないでしょう。ほっときましょう」
「まあ確かにきみの言う通りだが…」
ここにきて悩む理由はないのだ。われわれにはしなければならないことがある。それが最優先されるべきだ。
「あたしその原潜ってのを見てみたい!」
テリルがいきなりそう言った。なぜか大佐とガニスはびっくりしてしまった。いままでテリルがそんなことを言った記憶がなかったからだ。
「いやおまえ、そんなもん見たってどうにもならんぞ?どうせ何年もさ迷っていたんだろうし、助けてくれって言われたらどうするんだよ」
「じゃあ助けてやればいいじゃないか」
ふたたび大佐とガニスは驚いた。助けてやれ、とテリルはそう言った。そんなことを言うとは思わなかったからだ。
「おまえが人助けをするってか?いったいどういう風の吹きまわしなんだ?」
「助ける?あたしが?」
テリルはきょとんとしている。わけがわからない。
「おまえいまそう言ったろ!助けるって」
「言わないよ。助けてやればいいじゃないと言っただけだ。あたしは関係ない。あんたが助けてやればとそう言っただけだ。いつもそうしてきたんだろう?」
「う…」
こんどはガニスが考え込んでしまった。見透かされた…いやこいつまた頭のなかを読んだ、そう思った。見捨てろと言ったのは合理的な判断だからだ。しかし心の奥底では、どうにかしたいと思った。それをテリルに読まれてしまったのだ。
「まあここはテリルの意見に従おうじゃないか。なにか有力な情報が手に入るかも知れんしな」
大佐がそう言ってコックピットに戻って行った。ガニスは渋い顔でテリルを睨んでいた。
「中尉、オ嬢サマニ失礼ナ目ツキダ」
アトラスが銃を向けてきた。まったくこのロボットは、テリルのことになるとすぐムキになるな。ガニスはそう思い、舌打ちをした。
「目つきが悪いのは生まれつきだ。苦情ならこんな顔に生んだ俺の両親に言え」
「人格ハ顔ニ出ルモノダ。オ前ノゴ両親ニ責任ハナイ」
「はいはい、そうですね、失礼しました」
まったく嫌なロボットだ。
「みな席についてシートベルトを締めろ。それとヘルメットを着用。これより成層圏を離脱して降下する。みな気圧服の点検を」
大佐の声が機内通信装置から聞こえた。急いでガニスは搭乗員席に座りシートベルトを締めようとした。
「あたしはそれ窮屈だからしない」
テリルがそう言って窓をまだ眺めている。
「てめえはこんなところで宇宙遊泳でもしたいのか!ケガしたくなかったら席に着け!」
「やーだよー」
「おいロボット!おまえ保護者ならこいつに言うこと聞かせろ!おまえらが機内をぶんぶん飛び回ってたら迷惑するんだよ!」
機体を垂直降下させるには自由落下という方法を取る。機体に対する負荷が少なく中の乗員の負担も少ない。そのかわり機内は一種の無重力状態になるのだ。
「アー、オ嬢サマ、座ラナイト困ルソウデス。オネガイシマス」
「ちぇっ、わかったわよ」
渋々テリルは席に着きシートベルトを締めた。アトラスもそれを確認し、席に着く。景色は群青色から灰色に変わった。機体が小刻みに、そしてときどき大きく揺れた。どんどん気圧が上昇してくるのがわかる。
「見えた。原潜だ」
真っ黒な海原に、同じように真っ黒い船体があった。旧式のライカ級戦略ミサイル原潜だ。ひっきりなしにレーザー信号を送って来る。
「大佐、ミサイルサイトのハッチが開いています。こちらを攻撃する気でしょうか?」
レイナが監視モニターを見ながらそう言った。大佐も操縦しながらモニターを覗き込む。
「いや、ミサイルの燃料は注入されていないようだ。ただの警戒だろう」
「警戒?こんなところでなにに怯えているんでしょう?」
「勢力圏で言えばここはクロックの圏内だ。なにが起きてもおかしくないからな」
たしかにヒューマノイドや虫が海で活動したという報告はない。ただそれは報告がないだけであって、実際そうなのかは誰もわからないのだ。まして『アクシズ』の本拠に近いのだ。どういう防衛システムがあるのかわからない。あの日、崩壊の引き金になった『クロック』爆撃作戦のとき、襲ってきたなにかが一瞬にして爆撃隊を混乱させた。あの記憶が大佐に蘇っていた。
「監視を強化。なにも見逃すな…」
大佐は自分にそう言い聞かせたようだった。
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