3  来訪者

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3  来訪者

原潜は驚くほど静かな氷の海に浮かんでいた。真っ黒な長い胴体から突き出た艦橋と艦尾から白い蒸気が噴き出しているのが見えた。機内のマイクを通してガニスのざらついた声が聞こえてくる。 「お粗末な原潜だな。漂泊中に蒸気を駄々洩れさせてやがる。どこか故障でもしているのか?」 ガニスが呆れているのもわかる。潜水艦が外部にその存在を知られるようなものを艦体から放出し続けるなどあり得ないからだ。 「それか、知られてもかまわんか、だな」 大佐が意味深なことを言った。潜水艦がその存在を知られてもいい?この敵地とも言えるその真っただ中で?あり得ないとガニスは思ったに違いない。軽く舌打ちして、大佐の言葉を否定したようだった。 「その必要はないからな。あいつはあそこに囚われているの。だから何をしてもいいのさ」 レシーバーを通さなくてもテリルの声はハッキリと聞こえた。囚われている?誰に?何のために? 「おい、おまえ何か知って…」 「全員、安全姿勢を取れ。着水する。揺れるぞ」 大佐の声でガニスの質問はかき消された格好になった。ガニスはまた舌打ちをした。 「大きな艦体ね。損傷は…どこにもないようだけど…」 レイナがさっきから監視装置で原潜をモニターしていたが、その原潜が浮上している理由がわからないとそういう意味を含ませている。その原潜が目前に見えてくる。機体は着水する寸前で機首を原潜に向けヨーイングと言われる操作をしたのだ。垂直離着のできるアローカ(高度偵察作戦指揮機)は、ジェットの排気を器用に振り分け安定した回転をした。 「念には念を入れんとな」 大佐がそうつぶやいた。みなはその理由を知っている。いや軍人ならだれでもそうする。不測の事態…はつねに隣りあわせなのだ。そのために機首下に二基の20ミリバルカン砲が備えられているのだ。 「大佐、艦橋に誰かいます」 レイナが軍用の双眼鏡を見ながらそう言った。モニターだとノイズがひどくて視認しづらいのだ。 「無帽、ゴム製の防護服を着用。軍人のようですが、階級章は見えません」 「防護服?この辺にゃ放射能なんてねえぞ」 「外になくても中にはあるのかもな。それがあの蒸気の理由かもしれんぞ」 艦橋に手を振る人影がはっきりと見えてきた。アローカは静かに着水する。それを待っていたように艦橋の下部ハッチから人が出てきて、なにか作業を始めた。どうやらゴムボートの用意をしているようだった。 「こっちに来るのか?」 大佐は座席のベルトを外しながらみなにも用意するように目配せをした。 「アンカーを降ろします」 着水固定用にレイナがアンカーを機体から放出させた。それはワイヤーをともなった平べったい機械で、海面をスルスルと移動すると、原潜の艦体にピタッと張り付いた。 「大佐、やつら来ますぜ」 機体は静かに海面に浮いていた。浮力だけで浮いているのではない。磁力の力だ。アローカの搭載しているリニアアクセラレーターでこの星の地磁気に反発させ浮力を増加させているのだ。 搭乗ハッチから顔だけ外に出したガニスは、もう銃を構えている。いつでも応戦できる姿勢だった。 やがて二人の人間が乗ったゴムボートが近づいてくる。ガニスが伸縮する簡易タラップを搭乗口から海面近くに降ろすと、そのうちの一人がそれをのぼって来る。搭乗口から入って来たその男は、ふつうの軍服姿で、防護服は着ていなかった。もう無帽ではなくて略式の海軍キャップを被っている。形からそれが高級士官のものだとわかる。 「われわれの呼びかけに応答していただき感謝いたします。わたしは元ノルドフ共和国海軍所属、グラジミール・ルシェンコと申します」 敬礼しながらその男はそう言った。 「わたしは旧アメリ=フレアシス…いやアメリア共和国空軍大佐、レナード・マッケンジーだ。失礼だがあなたの階級は?」 レナード大佐が不審に思ってそう聞いたのも無理はない。れっきとした軍艦に、階級なき人間が搭乗しているわけはないからだ。軍人は階級がすべてだ。それは死んでもつきまとうものだ。その階級を名乗らない軍人など皆無なのだ。 「わが国の消滅…いえ、軍が消滅したとき、それはなくなりました。いえ、なくしました」 「そうか…。それできみたちは、いったいここで何をしている?」 大佐はいきなり核心をその男に聞いた。男はべつに驚いたふうもなく、少し小さくうなずいた。 「われわれは囚われてしまっていたのです。この海に…」 グラジミールという男は、それからおそろしい話を語りはじめた。
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