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1 第二章 成層圏
基地を飛び立ってから数時間がたった。あいかわらず成層圏の美しさは続いていたが、いざ地表に目を向けると、荒廃した土地が延々と広がる地表が果てしなく広がっていた。
「海がねえな…」
「海?」
ガニスの独り言にテリルが反応した。どうやら暇だったらしい。テリルはさっきから小声でわけのわからない歌を歌っていたのだ。
「海を知らねえのか?」
「知ってるさ、海くらい。そいつはでえっかくて青くてしょっぱい水だろ?」
テリルは手を広げてその大きさを表わそうとした。やれやれ、そんなもんじゃ海の大きさなんて表せねえのに。
「カツテ海ハ 地表ノ71.1パーセントヲ占メ ソノ総量ハ 13憶5千万キロ立方メートル 面積ハ 1億4千万平方キロメートル デシタガ 現在ハ ソノ半分以下デス。タダシ現在デモ ナトリウムイオン ヲ主成分トスル 無機質成分ガ 主ナ成分デス」
アトラスが補足した。
「海にはクジラがいるんだぞ」
なぜか勝ち誇ったようにテリルがそう言った。
「とっくにそんなものは絶滅したよ」
ガニスはバカバカしくなった。機械に教育され育ったテリルの知識は、あくまで知識でしかない。
「ウソだ。あたしは見たことがあるぞ」
「あのな、おまえが生まれ育ったのはたしかに南極と呼ばれていたところで、そこのまわりの海にゃあ嫌ってほどクジラってやつが泳いでいたかもしれねえが、大戦中にすべて死に絶えたんだ。海の魚が根こそぎ死んだんだ。もはや生き残っている個体なんかいねえんだよ」
そうさ。あらゆる動植物が絶滅してんだ。人間だって例外じゃねえ。この世界は虫と機械人形だけが支配する、おぞましい星になったんだ。
「あたしは見たよ。そこにはさまざまな生き物がいた。クジラ、象、虎、オオカミ、ネズミ、そしてさまざまな植物」
「そいつはいったい…」
「ファクトリーだね」
いつの間にかレナード大佐が後部の席に来ていた。操縦はオートパイロットとレイナに任せているんだろう。
「ファクトリー?」
「あらゆる種の保存場所だよ。『箱舟』とも言うがね」
「それって…」
「ああそうだ。アクシズのもうひとつの役割…つまり種の保全だよ」
人類や他の生物を絶滅に追いやったアクシズが、その真逆の種の保全を?意味が分からない。
「巨大隕石、核戦争、極点や地軸の変動による大規模な災害、そして虫や機械の反乱。あらゆる事態を想定してアクシズはその種の保存を行っていた。まあ当然その過程で種の改良や改造は必然的に行われた。それがバグでありヒューマノイドでありテリルなのだ」
大戦前、ISという技術が盛んにもてはやされた。それは遺伝子的に生物学的不都合を改変し、より高度な生命体を生み出そうとする試み…。インプルード・スピーシーズ。これこそ呪われた技術ではなかったのか?
「それがアクシズの本来の狙いなのだ。だから人類は滅ぼされる。種の改変に、われわれは邪魔だからな。だからわれわれは戦わねばならないのだ」
大佐はそう言い切った。まるで人類すべてがそう認識し、それに敵対するかのように。
「それはこの星が望んだこと?」
テリルはそう言って、黙った。そしてみんなも黙った。もうなにが正しくて、なにが間違っているかなんて誰にもわからない。ただただ生き残りたい…それだけでみな必死に戦っているだけなのだから。
「星が望んでいるかないかなんて、俺の知ったことじゃない。俺はただ生き残りたいだけさ。いくらこの星がそう望んでも、俺が生き残るためだったらいくらでも逆らい続ける。それだけさ」
ガニスの言葉に大佐やレイナがうなずいた。みな決心は固いようだ。
「だったら気を付けた方がいいよ。アクシズはこの星の代理人だ。それに反するものはすべて滅びの対象だから」
「上等だ」
強大な敵…不可解な敵…そして破滅的な敵だ。勝てるかどうかなんてわからねえ。いや勝つ気も起こらねえ…。そんな敵を前にしり込みするか?いやしいねえだろ?俺は軍人だ。そして何もない軍人だ。だからこそ、いま以上の生き方がしてみたい。それはよ、そのぶっ壊れたアクシズってのを直して…いやぶっ倒してなされるんじゃねえのか?なあ、テリルさんよ…。
高度偵察作戦指揮機『アローカ』は青から群青色に変わった北の空目指して、なお飛び続けていた。
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