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「あら、おかえり麗ちゃん。思ったより早かったわね。朝一の電車に乗ったの?」
約束の日。帰省した実家でわたしを出迎えたのは、見知らぬ若い女と、小学生くらいの少年だった。
女の声は電話で聞いたものと似ていて、こいつがなりすましの犯人だと理解する。朗らかな笑みを浮かべ、娘の帰省日にも堂々と居座っているなんて、いい度胸だ。
というか、その隣の子供は誰だ。子連れで我が家を乗っ取ったのか。
わたしが思わずまじまじと見ていると、少年は可愛らしくお辞儀をする。
「はじめまして。麗さん。僕、ソウっていいます!」
「え、あ、どうも」
ソウ。それは電話口でも聞いた響きだ。確か、ロボット掃除機の名前とか言ってなかったか。けれどこの子はどう見ても、人間の男の子だ。
わたしの動揺を気にすることもなく、二人は我が物顔で家の中にわたしを招く。
数年帰省していなかった懐かしい実家のリビングに通され、「このお菓子好きだったわよね」なんてお母さんのふりを続けたままお茶と好物まで出されたところで、わたしはようやく話を切り出す。
「……あの、色々と理解できないんですけど、うちの母はどこですか? 不法侵入で警察呼びますよ?」
「あらやだ、お母さんはここに居るじゃない」
「いや、だからどこに……」
「わたしが羽柴清美。あなたのお母さん」
「うちのお母さんは、こんな若くもスリムでもない!!」
思わずテーブルをばんと叩くと、淹れたてのお茶が揺れる。一瞬流れた静寂の後、女は肩を竦めた。
「あらやだ、ちょっと傷付くわねそれ……お母さん昔はモテモテだったのに!」
「それはお母さんも良く言ってたけども……いやでも、どう見たって別人じゃない」
「うーん、信じて貰えないなら仕方ないわね……ソウくん、あと五年分お掃除してくれる?」
「わかりました!」
「は……?」
意味のわからないやり取りに、耳を疑う。けれどその間にソウは女の手を取って、まるで掃除機のような音を立て始めた。およそ人体が発していい音ではない。
そして、しばらくしてその音が止まると、女は先ほどよりも若返り、少年は中学生くらいに成長していたのだ。
「ね、わかってくれた?」
「……、うそぉ」
どうやら目の前の女は本当にわたしのお母さんで、少年は掃除機らしい。
ゴミや埃だけでなく、年齢という人間に積み重なったものすら掃除してしまう人型のロボット掃除機。世紀の発明が過ぎる。
実際この目で見てしまったからには現実と受け入れる他ないものの、それにしたって、どう見ても計算が合わなかった。
お母さんは還暦過ぎ。目の前の女は二十代後半から三十代前半。同じ分の年齢を吸わせたのなら、ソウは三十代くらいになっていてもいいはずだ。
「ああ、ソウくんの中に溜まったゴミを捨てる時にね、うっかり時間も捨てちゃったのよ」
「時間って捨てられるの」
吸い取れるのだから捨てるのも出来るのだろうが、本当に頭が追い付かない。可燃ゴミなんだろうか。生ゴミっぽいな、なんて現実逃避していると、更なる追撃があった。
「ゴミ袋に入れたんだけどね、そのまま逃げちゃったみたいで」
「時間が? ゴミ袋で?」
「ゴミを開けたら二十年くらい歳を取っちゃうわねぇ」
「そんな玉手箱嫌すぎる!」
こうしてわたしは帰省早々、若返った母と中学生掃除機と一緒に、約二十年分の時間探しに追われることになったのだった。
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