16.

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「『凪悠と付き合っている片山って人に会った。敵意剥き出しっていう感じで殺気立っていた』」 数分待つと依那が返信をくれ、 「『時間の間隔を置かないでまた会って話した方が良さそう』」と書いてきた。僕は通話マークを押して彼女に電話をかけたが途中で途切れてしまったので、再びメールを送ると、 「『その解決は私が握るものではない。あなた方夫婦の問題』」と返答してきて、その後は連絡が取ることができなくなった。 敢えて僕に試練を与えて思い知った方がいいという彼女の姿勢が見えた気がする。言われた通りだ。僕は焦燥して羅列に言葉のブロックがまばらになっているから、それを彼女に見透かされていたのだ。 悔しいと思った。 僕自身がこんなにも弱くなっていてそのような姿など見たくないと向こうも頑かたくなに背向いて共鳴している場合ではないと遮断しているのだろう。改めて自分の脆さを痛感し、再び立ち上がって寝室へ行き凪悠の眠る横になって静かに眠りについていった。 三週間後、退勤をした後部屋から出てリビングへ向かうと凪悠はまだ帰ってきていなかった。試しにメールをし十分後に返信が来て、急遽片山と会う事になったので、適当に夕食を摂っていてくれと返ってきた。 冷蔵庫を開けると半分くらいストックしている分しか食材がなかったので、凪悠が事前に作り置きしていた茄子と鶏肉の炒め物や惣菜に加えて、炊飯器に白米を早炊きしている間に味噌汁を作り、テーブルの上のシーリングライトに照らされながら黙々と食事を摂り、後片付けが終わると軽くシャワーを浴びた。浴室から出てきてソファに座りテレビを見ていて時間を潰していたが、彼女はまだ帰宅してこない。もう一度電話をかけて通話を繋げようとしたが留守番電話に切り替えられたので、そのまま電話を切った。 三十分後スマートフォンの着信が鳴ったので、画面を見ると依那からきていたので出てみると、また近日中に食事でもしないかと誘ってくれたので会う約束をした。すると、凪悠が帰ってきてなぜ遅くなったのか聞いてみると、予定時間に帰ろうとした時に具合が悪くなりしばらく片山の自宅で休息を取っていたと話していた。 「それならこっちから迎えに行けたのに……何で連絡してこなかったんだ?」 「つわりが出たの。今もこの部屋の中の臭いが気になるくらい。ちょっと着替えてくるね」 彼女の顔色が優れない。気になって部屋のドアの前に立ち話しかけると夕食をまだ摂っていないと返答してきたので、粥なら食べれるかと聞くと食べたいと言い、すぐに台所に行き鍋に沸かした湯に白飯を入れて煮立ててから溶き卵を入れ塩で味付けした。 彼女がテーブル席につき器に添えた粥を差し出すと、啜りながらゆっくり噛んでいたので胸を撫で下ろし僕も向かい合わせで椅子に座り様子を見ていた。 「このまま仕事続ける気か?」 「臨月前には休暇を取ることにしている。まだ働いても支障がないから大丈夫だよ」 「その間、俺何をしてあげればいいんだろう?」 「買い物とかが増える機会が多くなるかもしれない。もし私達だけじゃきつくなったら実家の近くにある産科の病院を手配しても良いし。つわりも1か月くらいは続くけどそんなに心配しなくてもいいよ」 「食事はできるだけ俺が作るようにするから。食べたいものあったら時間を見て買いに行ってくるしさ」 「みんなにこれからお世話になるね。育児って本当に勝負師みたいに闘わないといけない」 「片山さんにはこのこと伝えておけよ」 「うん。向こうも両親に顔出ししないといけないからね。その時は家の事は海人に託します」 「あのさ、ここにはいつまで住んでいるんだ?」 「彼も同じこと言っていた。ただ今は出産してからじゃないと動けないよ。来年の春近くに私がここを出ることにするから」 「離婚届はいつだそうか?」 「安定期に入ってからがいい。十二月にしよう」 「わかった。俺が区役所に行って書類をもらってくるから」 「うん、お願い」 「来週また片山さんと会って話をするけど……もし俺がこのままこの子を自分の子としても育ててもいいんだぞ。だから、凪悠が離婚したくないのならこのまま一緒にいたい……」 「それは、誤解だよ」 「え?」 「私は海人の事を本当に大事に思っている。けれど今回は私があなたを裏切った。一生かけてもその責任って拭えないものもある。自分勝手で申し訳ないけど……私も、離婚の意思はある」 「片山さんに全てを任せられる自信はあるか?」 「うん。私も一緒になって新しい家族を支えていきたい。海人、私と別れてください……」 「わかった。とりあえずそれまでの間は傍にいるから、遠慮しないで言ってきてくれ」 次の週に入り、仕事が終わった後に片山に会いに行き、離婚をすることを決めたと告げると安堵したのか前回会った時よりも落ち着いた様子で声を低く出しながら僕に話をしてきて、出産を終えて安定した頃を見計らって引っ越すことを伝えると承諾してくれた。 その帰り道、スーパーへ買い出しに行き凪悠からあらかじめ頼まれた物を買ってゆったりとした足取りで帰路を歩いて行った。住宅街に入ると離れたところにある田畑から微かにアオガエルの鳴き声が聞こえてきて本格的に夏が近づいているのを夜風に当たりながら感じていた。 凪悠と過ごす時間が狭まっていると思うと、今まで一緒にいてくれた彼女の事を恩に着る感謝として告げようと考えるようになっていた。
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