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「そうなんだ」 「こういう話、嫌じゃないの?」 「だって、風俗で働くってことは理由があってやっていたんでしょう?確かに毛嫌いされるかもしれないけどさ、倉木さん当時何か困っていたことでもあったの?」 「大学の奨学金の返済です。至って普通の理由なんですけど、家が母子家庭だから昔からお金には結構悩まされました」 「今の仕事でも貯金とかってできている?」 「はい。当時結構稼ぐことができたんで返済もあと五年くらいで早まりそうなんです」 「そうか。それなら、良いんじゃないか?別に過去を責めることも隠すことも俺にはその権利はないしさ。倉木さんが今の生活が楽しいのであればそれでいいんじゃないかな」 「もし、浅利さんが家族とかだったら色々複雑な思いはしますよね?」 「まあ妹がそうしているなら反対はするかもしれないしな」 「受け身な感じがしますね」 「よく言われる。妻が何で周りより平気な顔していられるんだって突っ込まれる」 「奥さんの事、好きですか?」 「うん。お互い頼りがいになっている所もあるしいい関係なんじゃないかな」 「年相応以上の落ち着いた大人って感じでいいですね」 「そうかな?」 「あ、駅着きましたね。また、会いましょう。今度はお昼とかランチしたい」 「いいよ。僕もまたゆっくり話がしたい」 「じゃあ改札反対なんでまた連絡します」 「気をつけてね」 「浅利さんも」 駅の構内に入り改札口を通りホームへと足を運ぶ。最後尾の人の列に並んでいる時ふと反対側のホームに依那がいないかと辺りを見回してみたら、偶然にも対等の方角に彼女が立っているのを見つけて向こうも僕の姿に気づいてくれると手を振ってくれた。思わず笑みがこぼれて僕も彼女に手を振る。 すると電車が勢いよく遮るかのように入ってきて彼女を乗せて僕より先に走り去っていった。 家に帰ると凪悠がテレビを見ながらワインを飲んで頬を赤く染めていた。僕も身体に染しみるほろ酔い加減と眠気が入り混じっていたので、先に寝室へ行くと伝えて、着替えてからベッドに入った。 一旦目を(つぶ)り身体が眠りにつこうとした頃、ふと依那が話した風俗についての会話が脳内で再生し始めた。あの時は平静を装っていたが本当は彼女が過去にどんな男とどんな風に過ごして一時いっときの快楽に溺れていっていたのかを空論の中に映し出していた。 男が喜ぶ体位や舌づかい、口説く言葉の数々、彼女の喘ぎ声。 他者にわからないように迷惑さえかけなければ、妄想なんて無償でいくらでも膨らますことができるのだと、人間ほど強敵な破壊力をもつ野蛮な生き物がこうして佇んでいる。 妄想から現実へ移していくと今度はどこかのタイミングで彼女と実際にセックスを交わしてみたいという衝動に駆られる。 僕の前でしか見せない恥じらいの仕草や艶なまめかしく裸体を手脚で覆いこちらに流し目で視線を送っては熱の冷めぬうちに堕とし込むか、丁寧に愛撫させていった後に首尾を攻めるか。 気持ちが(たかま)り過ぎて興奮して眠れなくなりそうなので、ベッドから起き上がりリビングのソファの上で酔い潰れて居眠りをする凪悠の横で、飲みかけのワインを飲んではまたグラスに注いで一気に飲み干して、軽く胸焼けになりながらもそのまま再び寝室へ行きベッドに倒れ込みいつの間にか爆睡していった。 翌朝の休日。軽くいびきをかいて寝ている凪悠を横目に起きて立ちあがろうとしたが少し悪酔いしたようでやけに頭が重たい。台所でケトルの湯を沸かしている間壁に寄りかかり腕を組んで目を瞑る。マグカップに注いだ白湯を持ち、ソファに座りしばらくぼんやりとしていると、彼女も起きてきた。 「昨日のワイン全部飲んだでしょ?」 「ごめん。なかなか寝つけれなかったから飲んだんだ」 「まあ新しい物買ってくるよ。私も今日休みだから昼から出かけない?」 「ああいいよ。前に友達から教えてくれたワインバーの所に行きたい。いいか?」 「うん。連れて行って」 午後になり、彼女と一緒に渋谷の銀座線の外苑前から十数分歩いて行った場所にある店に行き、国内外のワインを選べる店頭に入りソムリエに聞きながら二人で眺めていると、聞き覚えのある声が聞こえてきたので、棚の隙間から覗いてみると、依那と彼女の兄の朔也がいた。 「偶然だね。もしかしてここの常連?」 「ああ。たまに来ている。昨日依那と飲んだんだって?」 「うん。楽しかったよ」 「私も一緒に飲みたいな。ねぇ二人ともさ、今度ウチに来なよ。海人いいでしょ?」 「ああ。時間取れそう?」 「おう。また出張あるから来月になるけど、それでもいいなら、お前の所にお邪魔させてもらうよ」 「良いワイン持ってこいよ」 「任せろ。じゃあ俺らこれから実家行くからまた連絡するよ」 「またな」 その後僕らはピノノワールとテンプラニーリョを選んで購入し店を出た後近くのカフェに立ち寄った。凪悠は依那とは初対面だったが彼女の人当たりを見えたのか良い印象を持ったと話していた。 自分の好きなカフェモカを(すす)りながら今度いつ会おうかと手帳を見ながら予定を書き込んで嬉しそうに僕に話しかけていた。 ここまであまり楽しそうな雰囲気を出してくるのも僕としても珍しいと感じたが、仕事の繁忙期が越えて落ち着いている頃合いだったので気持ち的にも何かに満たされたいと考えていたに違いない。 その表情にこちらとしてもなんだか嬉しくて交際し始めた頃の彼女の様子と照らし合わせながら思い出していた。
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