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プロローグ
天使の血は青い。
ガラスのオブジェに見入ったまま、柚木彩子はそんなことを考えていた。
どの位、そうしていたのだろう。五十センチ四方の白い台に載せられた、翼を模ったガラス作品を見入り目が離せなくなっていた。
天井から当たるスポットライトの光に照らされて、それは静かに息づいているかのようだ。
透明できらきらと光輝くガラスのイメージとは真逆な、不透明でザラザラとした質感。
翼の先はギザギザと不規則な凹凸になっていて、天井からの光によってそこに微かな陰影が刻まれていた。
その鈍い輝きが、厳かな雰囲気を創り上げている。
それはまるで、人間界に降りて来た天使が、人間のために傷つき疲れ果て、力なく脱ぎ捨てた翼。
彩子の中に一瞬でそんなイメージが浮かび上がった。
不透明な白色のガラスの中に、ところどころ青い色が筋のように混ざっていた。それは天使が流した血の跡か、あるいは羽の間から透けて見える静脈のようにも思えた。
翼を照らす天井からのライトは、たとえていうなら天からの一筋の光。
『優秀賞 休息/妹尾薫』
作品の前に添えてあるカードにはそう記されていた。
繊細でありながら、心の奥深くまで切り込んでくるようなガラスのオブジェだった。
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