蛍火

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 陽がまもなく完全に落ちようとしていた頃、ファミレスを出た。  そのまま帰る流れになるかと思っていたら「サオリ、きょう家族帰ってくるの遅いんだろ。もうちょっと遊ぼう」とチヒロが言い出した。もっとも、これまでの時間だって別に遊んでいたわけではないし、教えていた側も少しくらい、息抜きの時間が欲しかったのは本音だ。あたしはだまって頷いた。  青春映画ならここで二人乗りをするのだろうけど、この街は田舎だ。自転車がなければ通学もままならない。ついてこい、と笑うチヒロの背中を視界に捉え続けながら、彼の走る軌跡を追いかけた。チヒロは時折ちらりとこっちを振り返り、あたしがついてきているかを確認する以外は、何も話そうとしない。二台の自転車はどんどん街から離れていく。夜の闇がひたひたと近づいてきた。 「ちょっと、どこまで行く気してんの」 「まだまだ行くぜ。ひゃっほう」  チヒロが自転車を漕ぐペースが上がった。子供かよ、と思わず独りごちた。もちろんあたしもただのガキであることは認識している。でも、あたしのほうが少しだけチヒロより背が高いし、きっと並んでいたらあたしがお姉ちゃんに見えるはずだ。それくらい、チヒロは子供だ。特に中身が。  嫌いじゃないけど。  内心ではこの八文字にアンダーラインを引きながら、チヒロの背中から離されないようにペダルを踏み込んだ。  ***  あたしたちの住む街のはずれには、小さな川に沿って森の中に続く遊歩道が整備されている。整備なんて言ったって、街灯は車道と並行する場所しかなく、カギカッコみたいな曲がり角で車道が歩道と離れてからは、ただ申し訳程度に舗装がしてあるだけだった。チヒロはその場所で自転車を停めた。 「こっからは歩くか。チャリ邪魔だし」 「……ねえ、あたし、そういうアウトドアな趣味はないよ」 「なにエッチな想像してんだ?」  それはおまえがだよ、と今度は内心で呟いた。ここで回れ右をしてもいいようなものだが、過去に付き合った男子相手にはきっとそれができたはずなのに、なぜかチヒロを邪険に扱うことはできなかった。なんだろうね。弟だと思ってんのかな、自分でも気づかない深層では。  ほい、と差し出されたチヒロの手を握って、森の方へ歩を進めた。さらさらと静かに流れる川を挟むようにして、遊歩道が続いている。虫の鳴き声と川のせせらぎ、そして時折、風に吹かれた木々の葉がざわざわと音を立てるのみ。今日は晴れているから、月明かりと星の光がぼんやりと森の中を照らしてくれている。やっぱり薄暗いのには変わりないが、それがとてもありがたかった。 「暗いとこ怖い?」とチヒロ。 「あたしが暗いとこ苦手だって知ってて連れてきたなら、今すぐにそこの川へ蹴り落とす」とあたし。 「え、そうなの? まあ、今のサオリは一人ぼっちじゃないから大丈夫だよ。なんてったって、おれがいるし」  ちっとも悪びれる様子もなく、わははと笑うチヒロを見ていると、怒る気も失せていった。たぶん本当に知らなかったんだろうな。まあ言ったことない気もするし、それはあたしも悪かった。  でもやっぱり少し怖い。汗ばんできていたから若干躊躇したが、耐えられずにチヒロの手を握る力をほんの少し強くした。
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