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一〇分程度は歩いただろうか。途中からは遊歩道の舗装すら途切れ、砂利道に変わった。そのポイントから少しいったところに、木造りのベンチがひとつ置かれていた。
当然の如く通り過ぎるんだろうと思っていたら、チヒロはおもむろにその場所へ腰を下ろした。奥側の方に詰めて座ったということは、あたしも隣に座るべきなのだろう。あたしが座る直前に、チヒロがベンチの上を手で払うのが、薄暗い中でもよく見えた。
「どうしたの、チヒロ。休憩したかったの?」
「いんや。最初から、ここに来たかったんだよな」
ほう。
「なに。誰もいないところであたしに話したいことでもあったの」
だったら別にあたしの家でよかったじゃん、と言いかけた。
「違う違う。だったらどっちかの家で話せばよくね?」
そうですね。っていうか何。読んでる? 読心術なの? 確かにあたしという的には皆中させてるよね。それは褒めたいけど。
チヒロはそろりと言葉を続けた。
「サオリに見せたいものがあったから、ここに連れてきたんだ」
すい、とチヒロが指さした先は、真っ暗な中で今も流れているであろう小川だった。
それから最初の五分くらいは何かしら記憶にも残らないような会話をしたけれど、そのあとは急にチヒロが口を開かなくなったから、あたしも黙って夜空を見上げたりして過ごした。そして(そういえば近所のパチンコ屋の……)と考えたところで、チヒロが久々に話しかけてきたのである。
「なあ、そろそろかな」
「それをあたしに訊く? そもそも何が『そろそろ』なのか、一ミリもわかんないのに」
「サオリでもわかんねえことがあるんだなあ。なんでも知ってそうなのに」
「わかんないよ。人間なんて自分の知ってることしか知らない」
「ほぉ……虫とかもそうなのかな」
それはやっぱり、わからない。時々あんたの考えてることもわかんないけど。その「時々」がまさに今なんだけどさ。
腕時計をしていないあたしは、スマホを見ないと時間がわからない。けれど鞄からスマホを取り出そうとすると、チヒロが「まあまあまあ」と止めてくるのだ。なんなのそのテクニックは。お笑い芸人のYouTubeチャンネルでは、合コンのテクとして紹介されてたやつだよ?
ついにあたしにも我慢の限界がきて、結局これって何の時間なわけ、と口走りそうになったとき。
「あっ。やっと来た、来た。ほら」
チヒロが興奮した様子で、でも声はできるだけ潜めようとしながら、あたしの肩をぽんぽんと叩いた。さっきチヒロが指さしていた、小川のほうへ視線を向けてみる。
目線の高さで、流れ星のように緑色の光が尾を引いて、消えた。
かと思えば、別の場所でまた新しく淡い光が生まれるのがわかった。数秒だけぼんやりと光って、消えて、また光ってを繰り返す。またたく間にその光は数を増していき、気づけばここが自分の住む街とは思えないほど、幻想的な光景が目の前に広がっていた。
この街でも蛍を見つけられることを、あたしは生まれて初めて知った。
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