蛍火

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 色は緑一色だけれど、ゆっくりと点滅したりふわふわと舞う光は、高層ビルの上でチカチカしている明かり、あるいは冬にこの街を埋め尽くす粉雪のようにも思えた。もしくは、ライブ会場のステージの上から眺めるペンライトの光に見えなくもない。あたしたちの他には誰もいない、特等席だった。 「卒業した先輩に聞いたんだよ。この時期になると、ラッキーだったらここで蛍が見られるって」  チヒロは静かに呟いた。あたしがスマホを取り出すのを制してきたのは、蛍が光に驚いて逃げないようにしていたからだったのだろう。そういうことは知っているんだなあ。生物のテスト、いつも赤点スレスレだったはずなのに。 「へえ。チヒロってこういうの、興味ないのかなって思ってた」 「なんだよ。こういうの、って」 「あたしとデートすることを、絶対に『遊び』って言うからだよ」  チヒロは黙ってしまった。あたしもすぐに言葉を継ぎ足すことができずに、俯いた。  正直言って、あたしが思い描いていた高校生の恋愛と、チヒロとの付き合い方は少しベクトルが違った。あたしもチヒロも自分が被写体となる写真が好きじゃないし、別に二人で並んでプリを撮れなくても不満はないけど、時々不安になるときがあった。  チヒロにとってのあたしは今も「他の子よりも仲のいい女子」から抜け出せていないのかもしれない。だからチヒロは二人で会うときもプランをほぼ全部あたしに任せてくるし、そもそも二人きりで会うこと自体、特別なことだとは思っていないかもしれない。  そのことに対して「足りない」とか「寂しい」と思ってしまった時点で、あたしはひとつの真実を受け入れざるを得なかった。  女の子の気持ちにちょっと鈍感だし、頭がいいわけでもないし、ぶっちゃけもっとかっこいい男子はウチの学年に他にもいる。  だけど、あたしはそれでもチヒロのことしか選べない。  好きだから。  くだんないことをうじうじ悩んだりしない彼のことが好きだから。  さっきみたく、ちょっと恥ずかしいことも平気で言えてしまう彼のことが好きだから。  彼が他の女の子を特別な位置に据えることを考えただけで、なんか腹が立つから。  仮にチヒロがあたしを好きになった理由について「よくわかんないけど好きになってた」と説明したとしても、きっと怒らないと思う。現に好きなんだからしょうがないよ。  あたしだってよくわかんないけど、彼のことが好きなんだもん。  訊いた。 「今日は、デート?」 「……デートだよ」  確認できたことに満足していたら、チヒロは間を開けずに言った。 「今日で、おれら、六ヶ月だから」  焦点をあわせていた光が消えた。次の瞬間には、ふわりと宙に舞って、視界の隅に消えていく。
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